エプスタ編集長による『野火』

写真/文・鎌田浩宮

遂に、
現れた。
今年の、
ベストワン。

 

映画を観てからお読みいただく事を、お勧めします。

今年は既に、16本の新作を劇場で観た。
ケン・ローチ、チャン・イーモウ、クリストファー・ノーラン、ティム・バートン、クリント・イーストウッド、松岡錠司、松尾スズキ、是枝裕和、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、テリー・ギリアム、園子温、ウッディ・アレン、等々。
そうそうたる面子だ。
心のアンテナに引っかかるものは、妻を質に入れても観に行った。
1日に3本ハシゴしたりもした。
でも、今年は、これだという1本に出会えないでいた。
去年は、沢山あったのに。

2015年7月25日。
塚本晋也監督の「野火」が、東京初日を迎えた。
最近では珍しく、前売券の通常料金で舞台挨拶も観られるという。
ここ数年、舞台挨拶付きはチケぴで2000円払わないと観られないなど、馬鹿馬鹿しい映画が増えて、辟易していた。

塚本監督の新作は、琴線に触れるか?
僕は、いい作品に、飢えている。
すがる思いで、渋谷ユーロスペースへ向かった。

 

世界の
ツカモトの
自主映画。

 

11時の舞台挨拶付き初回上映は、朝9時半から整理券が配られた。
9時45分頃行くと、既に51番。
もっと早く来ればよかった。
嬉しい誤算だった。
何せ、あの「世界のツカモト」が、完全自主制作、完全自主配給なのだ。
これじゃあ、僕の映画「鎌田浩宮 福島・相馬に行く」と全く変わらない。
1軒1軒劇場へ電話をし、上映してもらえないか頭を下げ、入場料の取り分を打ち合わせし、マスターテープ(今ではHDDだが)を発送する。
自分で地方新聞に掛け合い記事を組んでもらえるようお願いをし、ラジオやテレビにもお願いする。

原発事故を扱った園子温監督「希望の国の時も、スポンサーが見つからず、結局海外で見つけたそうなのだが、人肉食を扱ったテーマのせいか、この映画は海外でも出資者がいなかったのだ。
なんとうすら寒い状況だろう。
永遠の0」なら、金はいくらでも出るのにな。

 

反戦映画

撮れなくなる
時代。

 

監督はインタビューで答えている。
「予算はない。しかし、これ以上製作を先送りにすると、反戦映画を撮れない時代が来てしまうかも知れない」
戦後70年にして、この危機感。
本当に嫌な政権が、この危機感を作りだしている。

ほっとした。
145席は全て埋まり、立ち見客も出た。
そして、場内が暗闇になった。

 

時代設定
は、
現在。

 

冒頭の1秒目から、もう驚いた。
がりがりに痩せこけた、主役の塚本監督を映すカットが、妙にデジタルな画質なのだ。
通常の映画では、もう少しフィルムの質感を施した処理をするはずなのだが、まるで画素のドットまで浮かび上がりそうだ。
映像には尋常ではないこだわりを見せる監督だけに、驚かされた。

…そうか、そういう意味か。
時代性を排除したのだ。
原作を知っている者からすると、これは第2次世界大戦中である事は事前に知っている訳だが、劇中では時代設定に関する説明は一切ない。
この映画を、現代のどこかで起きている戦争と考えてもいい、という事なのだ。

徐々に画質はフィルムの質感を帯びていき、圧倒的に美しいフィリピンの山林や花々が映し出される。
そうなのか。
こんなに生命力に満ちた自然なのに、食い物1つにも困るのか。
熱帯雨林だからといって、バナナやマンゴー、ヤシの実があちこちに生っているのではないのか。
野生のイノシシも鳥も、ネズミすら見当たらない。
食い物は、わずかに掘り出される芋だけ。
その芋も、サツマイモの様なふくよかさはなく、木の幹の様に細い。
あの赤く美しい花を、全て食う事ができたら。

小隊から脱出し、1人で逃げる事も可能なほど、既に日本軍は軍の体をなしていない。
1人1人が、生きているだけで精一杯だ。
しかし、逃げても食い物が確保できる訳ではない。
どこへ逃げていいかも分からない。
360℃、全てがジャングルなのだ。
ここで餓死していくしかないのだろうという、諦め。

リリー・フランキーの演技の素晴らしさは以前エプスタで「そして父になる」の時に思い切り書いたけれども、ブランキー・ジェット・シティの頃から好きだったドラマー・中村達也の演技がすごくいい。
達也の事は、最愛の仲井戸CHABO麗市と組んでいるバンド「the day」についてエプスタで書いたっけ。

 

劇映画が
ドキュメンタリーを
超える時。

 

事前に様々な新聞がこの映画を取り上げた。
戦闘シーンなどで飛び散る肉片などの、グロテスクさばかりが取りざたされた気がする。
まるでスプラッター映画だ、とまで言われた。
僕は、困った。
僕は幼児の時に「エクソシスト」の写真を見てトラウマになり、未だにホラー映画を一切見られないのだ。
「野火」に僕は、耐えられるのだろうか?

しかし。
スピルバーグの「プライベート・ライアン」の時も、戦闘シーンのグロテスクさ、そんな稚拙な議論がされたが、ピカソの「ゲルニカ」を観て、あまりのグロテスクさに吐き気をもよおす人は、いるだろうか。
広島・原爆資料館のろう人形の前で嘔吐する人は、いるだろうか。
それと、同じだ。
戦争というものを、どれだけ忠実に、または正確に、あるいはリアリティーを以って描いても、そこに浮かび上がるのはグロテスクさではない。
戦争の悲惨さ、悲しみ、痛み、苦しみ、無慈悲さ、無常さ、非情さなのだ。
「野火」の戦闘シーン、またはその辺に転がっている腐りかけた死体に、一切吐き気はない。
塚本監督とスタッフが、技術と芸術性を以って、なんとか戦争というものを映像に焼き付けようとするその力に、敬服した。
「希望の国」で園監督も言っていたが、ドキュメンタリーを劇映画が凌駕する瞬間だった。
劇映画というものは、ドキュメンタリーが撮影しきれない現実を再現することによって、追体験できる装置なのだ。

 

二重
配役。

 

劇中、極限の状況に置かれた主人公が、図らずも民間のフィリピン女性を殺してしまう。
悔恨のあまり彼は、自身を守る唯一の道具であるライフル銃を、捨ててしまう。
そして、アメリカ軍を見つけ、白旗を振って投降しようとする。
その時だ。
同時に投降しようとした日本兵を、アメリカ軍の車の上から狂ったように銃で撃ち殺す、フィリピン女性。
その顔は、なんと主人公が殺めてしまったはずの女性なのだ。

スタッフに尋ねてみたところ、僕の感じたままだった。
あそこは敢えて、綿密な計算の上にキャスティングをした、殺される側と殺す側を演じ切れる役者さんを懸命になって探した、ということだ。
殺された女性の憎しみは野火となって、再び現生に現れ、我々を撃ち殺すのだ。
いつまでも、いつまでも。

 

佳き、
トラウマ
を。

 

圧倒的な、映像美。
圧倒的な、音楽。
時に、インドネシアのガムランのようにも聴こえる、メタルパーカッション。
オーケストラでもなく、ピアノでもなく、和楽でもなければ、東南アジアの民族音楽でもない。
チャン・イーモウの傑作「紅いコーリャン」のドラの音を、思い出す。

音と言えば、監督は、全ての上映劇場に立ち会い、音響チェックをするそうだ。
比較するのもおこがましいが、それは僕も自身の映画で行なっている。
見事な音楽と、時代背景や、時代設定、軍隊における政治力学など、余分な説明をそぎ落とし、反戦という台詞もナレーションも一切なく、ひたすらジャングルの中を歩き回り、虫けらのように殺し殺される87分。
これだけで、充分なのだ。
監督の思いが、丁寧に、誠実に、全てが伝わってくる。
これぞ、映画だ。
傑作だ。

監督は舞台挨拶で言っていた。
「実際に戦場へ行けば、悪いトラウマができてしまう。しかし映画での体験は、いいトラウマとなって、戦争に対する嫌悪感として残る。僕は10代の時に読んだ『はだしのゲン』と『野火』によって、いいトラウマを持った」

ぜひ皆さんも、いいトラウマを感じに、劇場へ行ってほしいです。

 

涙、
笑い、
アイコラ。
舞台挨拶。

 

上映後、僕が拍手をすると、場内が拍手で一杯になった。
館内が明るくなり、監督、リリー・フランキー森優作、音楽の石川忠が壇上に立った。
達也はフジ・ロックへ行っていて、こちらには来られなかった。
残念!
(リリーさんが「達也は苗場にピザの配達に行っている」と意味不明の事を言って爆笑を取っていた。流石!)
きちがいだと思われてもいい、僕はたった1人で立ち上がり、スタンディング・オベーションをしていた。

司会の女性は、この映画の宣伝・広報を担当しているそうで、もう彼女自身が感極まって、泣いている。
こちらも、もらい泣きしそうだ。
音楽の石川さんも、顔を覆って泣いている。
監督が
「遂にこの日が来てしまいました」
と言っている。

宣伝になるから、どんどん写真撮ってください、とリリーさん。
言われなくても、撮っちゃうもん!

驚くほど素晴らしい演技をしていた25歳の森くんは、やっとつかんだ大役なのに、将来は通訳になりたい、今は定食屋でアルバイトをしていると言って笑わせてくれる好青年だ。
だから撮影の時より太ったのか、と監督やリリーさんに笑われている。
撮影時は、とにかく痩せるように厳しく言われたそうだ。
こうして笑い合っている壇上の皆が、愛おしくてならない。

リリーさんは
「宣伝費が足りないから、話題作りにここでチンポ出しちゃいましょうか」
と爆笑を買っている。
司会の方が
「それではそこは隠して…」
と言うと、
「じゃあ皆さん、アイコラではデカめのチンポにして下さいね」
と、腹がよじれるほど下ネタが止まらない。
スタッフの方に後で訊いたら、これでも下ネタは抑えている方だそうで。
前日の舞台挨拶は、もう映画の話など1つもせず、下ネタオンリーだったような。

ああ、いい舞台挨拶だな。
皆、本当にいい笑顔だ。

http://nobi-movie.com/

若い人に観てもらうため、8月15日の終戦記念日は、25歳以下は500円で観られます。
皆、行きなさいね。
あ、安倍くん達は、1800円にのし付けて観に来なさいね。


2015.07.29