団地

写真/文・鎌田浩宮

誰も
言わない
かも知れない
けれど、
今年の
ベストワン
です。

 

できのいい喜劇映画というものは、飽きさせる事なく断続的なテンポで笑わせてくれる場面や台詞が出てくる。
「男はつらいよ」が、マンネリズムなのに映画館にその都度観客が押し寄せるのは、少しも間延びしない、笑わせて泣かせて、という波が観客を飽きさせることなく、引いては寄せて返しているからだと思っている。
阪本順治監督はかなりシリアスなものや大作など、様々なジャンルの映画を創るが、やはり喜劇において小ボケ大ボケを随所に入れる才能が飛び抜けている。
彼の本領、大発揮。

団地の庭で井戸端会議をしているおばちゃん達が、全員顔全部を覆うサンバイザーをしている。
その団地に初めて訪れる斎藤工が、3階にいる藤山直美に向かって「802号室はそちらですか?!」と叫ぶ。
「ここが8階に見えますか」とツッコむ藤山。
ほぼ満席の場内で、僕は周りも気にせず断続的に大爆笑した。

そのせいか、この映画は、それほど力まずに脚本を書き上げ、軽い筆致で作った落語のような作品だ、という評論が多い。
僕は、そうは思わなかった。

 

喪失感を
描き続ける
監督たち。

 

日本の映画で、喪失感をテーマにした映画が増えている気がする。
他にもたくさんあるんだろうけれど、僕が観たのは、
「恋人たち」「ひそひそ星」、そしてこの「団地」。

喪失感。
それは書くまでもない、2011年3月11日以降、僕らの胸に空いたものだ。
家族が、死んだ。
ペットが、死んだ。
家畜を、殺した。
恋人が、死んだ。
親戚が、死んだ。
友達が、死んだ。
同僚が、死んだ。
同級生が、死んだ。
先生が、死んだ。
ご近所さんが、死んだ。
その中には、原発関連死にも含まれる自殺も、ある。

 

希望
よりも。

 

だけど、直接震災を描くのは、リスキーなのだろうか。
それとも既に、受け手が身近な問題に感じられないからなのか。
それとも、作り手が実際に体験した喪失を描きつつ、それは震災のメタファーとしているのだろうか。

「恋人たち」のラストは、このまま生き続ける事への希望を、ラストで描いていた。
僕には、その描き方が消化不良だった。
それに対して「団地」は、この世界で生きていくのはもういいだろうと、違う世界へ行ってしまう。
交通事故で死んだ息子と会える世界へ行きたい、と行ってしまう。

 

映画
とは。

 

昔観た映画というのは、夢や願望をかなえてくれるものだった。

僕にだって、喪失は、ある。
震災を遠因にして亡くなった愛猫。
加えてこの齢になると、冠婚葬祭の婚も祭もなく、親戚や友人、身近な人がどんどん亡くなっていく。
加えてこの国では、どうも生きにくくなってきた。
戦争のできる国になり、そんな法律を作った政党が、つい先日も選挙で圧勝した。
もう、いいかな。
愛猫や、おじさんおばさんに、会いたいよ。

それができない事なんて、もちろん分かってるさ。
この世界にも愛する家族や親友がいて、ありがたい事に、僕がいなくなったら泣いてくれるだろうから、まだ、去る訳にはいかない。
でも、映画ってさ、かなわない夢や願望をかなえてくれるものじゃない?

僕が生涯好きな映画の10本に入る、竹中直人監督「無能の人」も、そういう映画だった。
唯一の収入源だった仕事にも失敗した主人公は、鳥男が飛び立つのを発見する。
主人公以外の人々の目には、黒いコートを着たルンペンが飛び降り自殺をしたようにしか見えない。
主人公は、それでも叫ぶのだ。
「おい、俺も連れてってくれ」

そのシーンは、細野晴臣さんの名曲「はらいそ」にも通ずるイメージだ。

 

確信犯
の持つ、
死生観。

 

阪本監督が珍しくNHK「スタジオパークからこんにちは」というお昼ののどかな番組に出た時、今の天皇の事を平成天皇と呼んで、血相を変えてアナウンサーが訂正する場面があった。
彼は、確信犯だったと思う。
常に、社会を睨んでいる。
そんな彼のヴィジョンに、今作は彼の死生観が加わった。
醒めているし、この世への睨みが効いている。
だけど、温かい。
この世界に諦観を持った僕に、至極温かい。

http://danchi-movie.com/

阪本監督の全ての作品を観てきたわけじゃないけれど、この作品は彼の傑作の3本に入ると思う。
そして、今年観た映画の中で、僕の中ではベストワンだ。


2016.07.27