god save the TO$H

DJ・鎌田浩宮

toshio nakanishi
1956-1-13 ~ 2017-2-25

 

 

1980年頃、僕が中学1年生くらいの頃だったろうか?
YMOを追いかけて、ヒカシューへ行き、プラスチックスに辿り着いた。
赤貧家庭の僕の当時の小遣いは1ヶ月700円しかなかった。
貸しレコード屋で「welcome back plastics」の中古品を買って、弟のPacoと聴きまくっていた。
世田谷区の図書館へ行くと、プラスチックスのカセットテープが借りられる時代だった。
プラスチックスの「copy」はAMラジオでも何かのジングルに使われたりしていた。
それだけキャッチ―で、テクノポップを知らない人々の耳障りもよかったのだ。

Plastics – Good [Fighting80's Live 1980]
from the album “ORIGATO PLASTICO” (1980)

プラスチックスだけで書き出すと1ページ埋まってしまうのだが、今は涙が出てしまうので止めておく。
今、トシが久々に佐久間さんと逢って、懐かしい話に花を咲かせている最中なのだ。

Plastics – Top Secret Man
from the album “WELCOME PLASTICS” (1980)

メロン。
ウォーター・メロン。
メロンの立ち上げはとても華々しく、早速CMソングに起用され、トシも確か出演してなかったっけ?
最初の頃のメロンは、プラスチックスのニューウェーヴをさらにソフィスティケートした形で、演奏力もアップ。
お洒落。
格好いい。

Melon ‎- Do You Like Japan?
from the album “DO YOU LIKE JAPAN?”(1982)

行きたかったなあ、ピテカン。
赤貧の中学生が行ける訳もなく、月刊宝島を読んで、そこで何が起こっているかを後追いするしかなかった。

しかしヒップホップの台頭により、メロンは路線変更をする。
屋敷豪太と工藤昌之が加入し、映画「トロン」のように蛍光色のラインを顔に刻み、映画「マッドマックス」のようにアメリカンフットボールのショルダーパットを身にまとい、近未来のコンセプトを打ち出し、サンプリングやスクラッチ、ヒップホップとエレクトロニクスの融合を目指して行く。
当時、テクノポップは終焉を迎え、盟友の立花ハジメも、そして坂本龍一や細野晴臣も、皆ポスト・テクノポップを模索していた時期だった。
その誰もが僕にとっては眩しく、メロンの攻撃性は勇気を与えてくれた。

MELON -SERIOUS JAPANESE
from 12inch EP “SERIOUS JAPANESE”(1985)

一方のウォーター・メロン、最初の頃は面白くなかったんだけど、10年以上かけてどんどん面白くなっていく。
90年代に入り、アンビエントが進化していき、それまでブライアン・イーノのようなものしかなかったのだが、そこにリズムを入れてみたり、何でもぶちこんで遊べる広場のようになっていったからだ。

Melon – Quiet Village ’92 Mix
from the album “Deep Cut Remix”(1992)

Water Melon – Moon Shaker
from the album “Out Of Body Experience”(1997)

そしてトシのすごいところは、自分のキャリアをあっさりと捨て、どっぷりとヒップホップへ没入していくところだ。
この頃トシは中西俊夫ではなく、Tycoon To$h & Terminator Troopsというごりごりなブラザーネームで闊歩していた。
そのように様々なジャンルを軽々と横断してしまうところが彼のすごさだった。
この頃大学生だった僕はもろに影響を受けた。
トシの音楽がかかるAMだったかFMだったか、ラジオにかぶりついていた。
このようにバシバシとサンプリングをぶち込んだレアグルーヴに、当時出てきたレッチリのようなJBにルーツを得たギターとベースを取り入れ、さらには僕のルーツであるエレクトロニクスの音色も織り交ぜたバンドを始めていた。

ACTION
TYCOON TO$H & TERMINATOR TROOPS
from 12inch EP “Get Happy! / Action / Rock The Party” (1988)

さらにはLOVE T.K.O.か。
もうこの頃になるとアルバムのリリース量も多すぎて、追いかけきれなくなってくる。
自分が積み重ねてきたキャリアを脱ぎ捨てるのは、難しい。
プライドが邪魔をするからだ。
単なる新し物好きかと揶揄されても、突き進んでいく。

Love T.K.O. Stay (The Eagle’s Eye)
from the album “Headturner”(1994)

数ある彼の曲の中から、本当に好きな曲を紹介するのは楽しいが、それがこんな時になるとは、なんと悲しいことだろう。

Typhoon Tosh- Round & Round Medly Sound Sculptures No.2
from the album “Fish Smell Like Cat” (1997)

2011年9月19日
脱原発集会『NO NUKES ! ALL ST☆R DEMO 2011』Children of the Radiation/中西俊夫 PANTA 久保田麻琴 MIYAVI

今振り返ると、2016年のブルーノート東京で行われたプラスチックスの結成40周年ライヴ、何が何でも行っておいてよかった。
客席の一部は80年代のファッションに身を包んだ、とても下世話に言えば平野ノラのような女性が陣取り、会場は原宿シネマクラブ化していた。
トシ、元気だった。
最初、トシとハジメだけで登場してギターとヴォーカルとリズムボックスだけで演奏し出した時は、あまりの下手くそさに笑いが止まらなかった。
40年経ってもストーンズとプラスチックスは、演奏ヘタでいい。
島さんとトシの娘さんとN’夙川BOYSのリンダが出てきて、ようやくサウンドが締まっていったのだった。
僕は時折ブルーノートに似つかわしくない叫び声をあげた。
あの赤貧中学生だった僕が観た最初のプラスチックスのライヴはワールドハピネスで、これが最後のライヴとなってしまった。

PLASTICS 2016 0111 HBC

最後は、この2曲で。
さようなら、トシ。
またね、トシ。

MELON-honey dew
from the album “DO YOU LIKE JAPAN?”(1982)

Plastics – Top Secret Man(pv)
from the album “WELCOME PLASTICS” (1980)


2017.02.26

久保田麻琴

文・鎌田浩宮

ヴァーッ。
今日も、仕事で疲れた。
心の皮っ面は、ささくれ立って、ざらついちまっている。
こんなに寝ていないの、高校の文化祭で映画を創った時以来か。
朦朧だ。

そんな時、三軒茶屋の世田谷通りに、三線の音が聴こえた気がした。
途端に、肩の力は抜け、心は慰められ、穏やかになり、凪の水面になった。

そう、それは沖縄・宮古島に伝わる神唄だった。

三線の音に、ギターのディストーションが爽快だ。
おばあも、おじいも、わらびも歌う。

世田谷通りを高円寺に向かう。
すると、懐かしい笛太鼓の音が聴こえ出した。
懐かしいのに、現代のミキシングが施されている。

阿波踊りだ。
道に溢れだす、踊り手。
今日はお祭りの日だったっけ?
まあ、いいや。
実を、任そう。

ん?
日本人離れしたフレーズを弾くあの男は、誰だ。
熊野からやって来たと言っている。

濱口祐自。
なんと、還暦近くでデビューした。
それまでは、熊野で密やかに演奏していたという。

これらの音楽は、全て麻琴さんがプロデュースしている。
天才的な嗅覚で、世界中に散りばめられた素晴らしい音楽を発掘し続けている。
そして時には、その音楽にギターのディストーションや、ドラムスやベースを挿入したり、ミキシングの妙で楽しませてくれる。
僕は麻琴さんの音楽を、数十年前の子供の頃から聴き続けてきた。
ますます、好きになっていく。

麻琴さんに発掘してもらえた音楽が、咲き誇っている。
僕らが聴き落としてしまう小さな小さな音の粒を、しっかりと拾い上げてもらい、魅力を存分に引き出すようなミキシングで録音され、世に出ていく。

そんな麻琴さんが、僕が監督と音楽を担当した映画
「続・鎌田浩宮 福島・相馬に行く 敏之が結婚」を褒めてくれている。
こんな嬉しい事は、4年に1度あるかないか。
オリンピックの如し。

「監督、浩宮さんの”杉ちゃん”という呼び方がとてもいい。
こんなプライベートな映像の中にさえヒバクが入り込む日本のムービー。」

キャマダ、ヘロヘロになりながらも、宣伝するのか。

2016年8月27日土曜日 夜6時30分より
渋谷・アップリンクファクトリーにて上映します。

当日券のみの扱いです。
一般 1800円
大学 1400円
高校 800円
中小 500円
シニア 1200円
障がいをお持ちの方、及び介助の方 1000円
乳幼児無料

UPLINK FACTORY
tel. 03-6825-5503
factory@uplink.co.jp
東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階

麻琴さんの公式サイトは、こちらです。


2016.08.26