恋人たち

写真/文・鎌田浩宮

「日本死ね」
を、
映画化。

http://koibitotachi.com/

去年、2015年の日本映画ベストワンは、誰が何と言おうと「野火」だ。
それなのにそれなのにああ、キネ旬ベストテンの1位、断トツで「恋人たち」じゃん。
悔しい。
こうなったら、どうしても観てやる。

しかし、もう、去年の映画だ。
やっているコヤ、あるかなあ?
今は死語となった「名画座」での上映にありつけた。
飯田橋ギンレイホール
河瀬直美監督「あん」との2本立て。
いい番組だ。

 

何を
信じて
映画を
創れば
いいのか。

 

去年観に行かなかったのには、訳がある。
食指が進まなかったのだ。
通り魔に妻を殺された男や、恋人と別れたばかりの同性愛者の話と聞いた。
それだけしか情報がなかったので、311以降のこの社会の空気を描いているとは思えなかった。

その真逆だった。
橋口亮輔監督は、311以降、今まで信じていたものを全て失った、何を信じてもの作りをしたらいいのか分からなくなり、模索が始まり、この映画を発想したそうだ。

その思いというのは、僕らが思っているよりも無自覚的に、この国にいる多くの人に浸透しているものだと思う。
何を信じていいか全く分からず、取り敢えずアベノミクスにすがってみている状態。
信じたいのに、国民の過半数が反対していることが、次々と実現してしまう。
原発再稼働。
戦争法案可決。
辺野古基地移設。
そんなひどい事が次々と実現されるのに、保育園1つ作れない。
アメリカに媚売ってオスプレイ1機買う金で、保育士の給料がいくら上がるんだろう。

 

戦後、
かつてない
鬱積。

 

そう、この国は、「日本死ね」が充満しているのだ。
もちろん、不満のない国など存在しない。
どこの国にも、国民の不満は鬱積している。
それにしても、なのだ。
それにしても、311以降のこの国に限っては、鬱積の度合いが尋常でないのだと思う。
それは正に、橋口監督が吐露したように、何を信じていいか分からないところから発生しているのだとも思う。

そういった鬱積を、妻を通り魔に殺された主人公が映像に具現していく。
妻の死によって鬱病になってしまい、稼ぎがままならない。
健康保険も支払えないので、病院にも行けない。
刑事裁判で、通り魔は精神鑑定の末無罪放免。
ならば民事訴訟をと、いくつもの弁護事務所に掛け合うも、勝ち目はないと放り出され、挙句の果てにうちの看板を傷つける気かとさげすまされる。
何もかもが、思いと違う方向に行ってしまう。
本当はこの手で殺してやりたい。
この国は何も救ってくれない、助けてくれない。
日本死ね。

保育園に見捨てられ仕事も人生も台無しにされた人。
原発事故のせいで避難させられ差別され東電を訴えても相手にされず自殺に追い込まれた人。
米軍基地の移設で仲の良かった市民同士が対立しどこにも怒りをぶつけられない人。
全てのメタファーとして、主人公が苦悩する。
それは、見事としか言いようのない筆致力だ。

 

日本映画の
傑作を
受け継ぐ。

 

終盤、主人公が自分の手首に怒りと悲しみの矛先を向ける。
人間というものは、怒りが外に向かっているうちは、まだいいのかも知れない。
内に向かうと、それは鬱となり、自死へ向かう。
その姿は、日本映画史上に燦然と輝く長谷川和彦監督「太陽を盗んだ男」の後に創られた、森田芳光監督「ときめきに死す」での日本のテロリスト役・沢田研二の自死のラストシーンと重なる。

「太陽を盗んだ男」も「ときめきに死す」も、破壊衝動の映像化がものすごい。
しかも僕は先日、タランティーノの「ヘイトフル・エイト」を観たばかりで興奮していたので、「恋人たち」のエンディングにも、破壊衝動を期待してしまった。
村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」の最後のように、この国を黒く黒く塗ってほしい、そう思ってしまった。

しかし橋口監督は、この国を黒く塗らなかった。
それが、監督の311以降のこの国に対しての、現時点での回答なのだろう。

現在のこの国で、希望を見い出すのは、本当に難しい。
主人公が生きる事に希望を見い出すのが、職場の同僚の元左翼の過激派のおじさんの献身的な声掛けと援助だというのが、とても優れた設定だと感動した。
左だろうと右だろうと、昔の活動家は、本気でこの国を良くしよう、希望の見出せる国にしようと生きてきたのだ。
ついでに書くと、良くしようとしたからこそ、「日本死ね」との思いで爆弾を造っていたのだ。
その爆弾の誤爆で、元左翼のおじさんは、自分の左腕を失ってしまうという皮肉。
それはさておき、「憲法を守ろう」「核はよくない」と当たり前のことを言っただけでサヨクとレッテルを貼るこの世の中なだけに、この主人公への救済は痛快だ。

 

愛すべき
右翼。
愛せない
右翼。

 

現代のネトウヨだって、この国を本気で良くしようという志の高い人はいるはずだ。
だからこそこの度の熊本の大地震で、朝鮮人が井戸に水を入れるぞだのと下らないデマをSNSで発する腐れネトウヨの存在が、真のネトウヨを汚す事になる。

とにもかくにも、素晴らしい映画だった。
無名の俳優の皆さんも、安藤玉恵さんや光石研さん、リリー・フランキーさんや木野花さん、皆の演技が「日本死ね」を具現していて素晴らしかった。
それでも僕の中での2015年邦画ベストワンは「野火」だけれど、「恋人たち」も、圧倒的に第2位なのだ。


2016.04.18