第九話「アジの開き」 <後編>

 

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先人に救われるということ
 
 倉「どんな職種の方でも“これでいいのか?”と日々悩みながら
   働かれていると思います。今回は敢えて、偏見を持たれやすい職、
   特に女性からも理解されづらい職で苦悩する人間でしたが、
   やはりどんな方でも先人の有難い言葉には救われるものが
   あるんでしょうね。凹んでいたり、自身でその職に引け目を
   感じていたら、より救われるのかもしれません」
 鎌「どんな人間でも転職したばかりの時期は、環境に慣れるのに
   時間が掛かるとか、キツイ事の方が多いんだろうけど、
   最近転職をした俺は、尚更、今、倉田監督を羨ましいなとも
   思うんだよね。それは大変だろうし、辛いかもだから、
   失礼かもしれないけれど」
 倉「・・・・・・・・」
 鎌「人生に正解って無いじゃない?その人が何を生業にして生きて
   いくかなんて。こんな話おこがましいんだけど、おそらく
   倉田監督に対して、どんなに映画に行き詰っている時でも
   やめて別で働いちゃえよ、とは言った事はないと思う。
   このマリリンも自分が充実している、できているという事を
   再確認して踊っていたように、何をしてる時が充実しているか
   他者には分からないからね。誰に対してもそうありたいと
   思うんだけど、こう生きてくのがいいんじゃねえのか?とは
   言わないでいたいなと」
 倉「僕も、後輩や映画をやめていった人間に、生活を取りなさいとは
   やはり言えないでしょうね。鎌田さんとは違うかもしれません
   が、やはり人の幸せは人それぞれ違うものですから。その人
   ならではの幸せと思う点を探し、突き通して欲しいと願います」
 鎌「俺がもう少し人間にふくよかさがあると、他者に対して、
   りりィさんのような事が言えるのかもしれない。なかなか
   そこまでは全然行けていない」
 倉「僕は上の者からでも下の者からでも、貴重な言葉や眼差しを
   沢山頂いているんだと思います。でも悲しい哉、受け取る側の
   タイミングも関係しますからね、素通りしてきてしまったかも
   しれません。だからこのドラマのようにこれだけ直接的な事が
   あると誰にでもガツン!と来るでしょうね」
 鎌「ローズ美千代とマリリンは、おそらく40くらいは年齢が離れて
   いると思うんだけど。俺も前の職場では20歳くらい離れている
   ヤツがいたから、こういう接触はあるのかもしれない。その時、
   ローズ美千代みたいに導いてあげる、なんておこがましいけど、
   かっこいい背中見せてやれる様な人間でありたいと思うよ」
 倉「僕は人生を真摯に生きてきた方の言葉なら、上手下手関係なく
   気づける、というか感銘を受ける、生きる指針になるのでは、
   と思っています。その為にも自分も精進していくつもりです」
 
 
世代が交われる場所、ゴールデン街
 
 鎌「俺は転職して間もない時期なんで
   “俺の人生、こんなつまんなくて・・・なんだかな・・“
   と思うんだよ最近。“42年生きてきたのに何を・・”みたいな」
 倉「でも最近、ライブハウスによく呼ばれているじゃないですか?」
 鎌「そうだね。トランキルオーヴァー、ヒューマンビーイングでも
   声掛けてもらう事は無かったからね。今の舞天(ブーテン)に
   なってからようやく声を掛けてもらえるようになったね。
   それが不思議なんだよね。なんでかなあ?って」
 倉「面白いものですよね。何か、あるんじゃないですか?
   星回りというか、そういう機運的なものが」
 鎌「そうなのかな?」
 倉「例えば、鎌田さんが音楽で悩まれている時に、八千代さんの様な
   方に出会ったりした、という経験はありますか?」
 鎌「何世代も上の方から励まされたり、言葉を貰ったりした事は
   殆どないかな。同世代の人間や、倉田君のような下の方に
   励まされたりする事の方が多いかな。なかなか八千代さんの
   ような方には・・・」
 倉「僕もそうかもしれません。まあ、兄と同世代、四つ五つ上の方々
   には僕はよくして頂く事が多いので、その方々からは沢山頂いて
   いると思います。でも凄く上の方、例えば老練な監督に何か
   言ってもらったという経験はさほど無いので。僕はまだ人として、
   言葉を頂く域に達していないのかもしれません」
 鎌「そういう意味でいうと、かつてのゴールデン街というのは
   ベテランのクリエイティブな人達から、ベテランに馳走して
   もらう為に来る駆け出しの若者とか、上の世代下の世代が
   ごっちゃになってたような街で、ローズとマリリンみたいな
   言葉のやりとりもあったような飲み屋街なんじゃないのかな」
 倉「世代が交われる場所だったんですね」
 鎌「そうだね。素晴らしい場所だよね」

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“何度「はじめまして!」を言ったかは分かりませんが(笑)”
 
 倉「ここではよく飲み屋、居酒屋の話が出てきますが、凄く歳の
   離れた方と話せる飲み屋さんって減って来ていると思います。
   それはお店の問題ではないかもしれない。若い者が上の人間と
   話す気を無くし、年上の方も下の者と話す気を無くした。
   そんな事が起こっているのかもしれません。その意味で言うと
   狛江のミートステーションという酒場で、僕は今60近い
   ブルースマンの方とガンガン熱いトークを繰り広げる事も
   あります」
 鎌「ほおお!羨ましい!」
 倉「その方は本当に日々勉強されている方で、その方の音楽の
   感想であったり、映画の感想であったり、僕も最大限失礼なく、
   でも嘘なく話そうと努めていますが、本当に様々な事を丁寧に
   誠実に考えてみえる方で、僕らの世代だけでは手に入らない事を
   本当によく知ってみえるんです」
 鎌「いいねえ」
 倉「でもその方は酒飲みで記憶が飛ぶんで、まあ何度
   “はじめまして”を言ったかは分かりませんが(笑)」
 鎌「(爆笑)」
 倉「最近ようやく覚えてもらえました。3年掛かりました(笑)」
 鎌「そういう出会いをしていかないと、人生もったいないよね」
 
 
キャバクラ万歳
 
 鎌「営業の接待でね、キャバクラに行ったのね。殆どそういう所に
   俺は行かないから二回目だったのかな?元々俺は偏見とかは
   ないんだけど、入ったらマナーの良い店でね、一生懸命話をして
   くれて。そこには色んな子が居てね。ある子は昼間は販売員で、
   夜はキャバクラで働き、しかも遠くから自転車通勤してるという。
   また割と地方出身者が多かったんだよね。話していると段々と
   方言が出てくるんだよ」
 倉「ほお」
 鎌「だから“あれ?九州の子?”って聞いたら“分かると?”って。
   それが方言だよっ!ていうね(笑)」
 倉「(笑)」
 鎌「俺のお袋も苦労したけど、今も結構苦労している子がいるんだ
   なって。だから余計偏見が無くなって。今度バンドである舞天の
   新曲は『キャバクラ万歳』にしようかと今考えているくらい、
   嗚呼、頑張ってんなあ~って思った(笑)」
 倉「歌詞が非常に気になります(笑)」
 鎌「ドラマのマリリンも八千代さんも頑張ってたんだろうなって。
   だから行ったキャバクラの子達も自分に誇りを持って
   頑張って欲しいなって思う」
 倉「そうですね」
 鎌「いやあ、キャバクラって大変なんだよ。俺も営業でね、
   お得意様の人にね“ブタ!”とか呼ばれた事あるしね」
 倉「・・・酷い」
 鎌「殺してやろうかと思う輩もいるよ。でもキャバクラなんて
   営業マン以上にお客様に対して逆らっちゃいけない商売
   でしょ?男の客って失礼な事平気で言うんだよ、
   “お前ブサイクやのう”みたいな事もね。そんなのもニコッと
   笑って対応しなくちゃいけない。ほんとストレス溜まるだろうな
   この子達は、って見ていたんだよね」
 倉「そうでしょうね・・」
 鎌「冒頭で、マリリンも地方巡業で酷い辛い目に遭って、
   シラフじゃいられないと言って食堂に戻るシーンがあったけど。
   ストレスは溜まるだろうなあって・・・」
 倉「接客業、特に性別的な接客を要求される場は厳しいでしょうね。
   僕はキャバクラでもストリップ劇場でも、実は男のそういった
   汚い、だらしない部分を見るのが異常に嫌いなんです」
 鎌「俺も全く同じだよ」
 倉「でもそういう事を気にしない男性も多いですよね?
   僕はどうも男が女性に酷い言葉を放つとか、そういう行為とか、
   好きじゃないんです。だから何かキャバクラ等は苦手です。
   それは別にも理由があって、僕はもてなされるよりもてなす方が
   好きみたいで。どんどん盛り上げようとしちゃう。そして疲れる」
 鎌「一緒だ(笑) 彼女達の接客状態をチーフも見てるしね。
   なんかそういう事にも気を遣っちゃうよね、こっちが(笑)」
 倉「だから僕みたいな客が来てもストレスは溜まるでしょうね(笑)」

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話さなければ、動かなければ、出会えない
 
 鎌「年齢の高い方から励まされる事は殆ど無いので、
   我々は我々で、定期的に、互いを励ます集いをやってですね(笑)」
 倉「意図的なのはどうなんでしょ?(笑)」
 鎌「(笑) でもね人間って困ったものでね、実際前の職場には
   8年4ヶ月も居たんで、そうすると自分の生業に疑問を持たなく
   なるんだよね。ないしは“これでいいんだ!”と肯定しだして
   ふんぞり返ってる自分がいたりする。でもこうやって環境が
   変わって自分を俯瞰して見ちゃったりするとね・・・」
 倉「・・・」
 鎌「要は、自分に疑問を持ったり、俯瞰的/客観的に自分を見て、
   もしもタイムマシンで20、30年前の俺がやってきて、
   今の俺を見たら絶望するんじゃないかって思ったりもする。
   “何やってんだよ未来のカマチョ!がっかりだよ!
   サヨナラだよカマチョ!アディオス!”ってね(笑)」
 倉「あ、タイムマシンで帰るとこですね(笑)」
 鎌「今、巡業から帰ってきたマリリンと同じような気分でね」
 倉「大丈夫ですよ。もうすぐ八千代さんみたいな方が来ます」
 鎌「そういう時期も大切なんだろうけどね。
   自分はこれでいいのか?と思うのもね」
 倉「僕はずっとそれしか無いので、いい加減八千代さんに来て
   もらわないと、そろそろパサパサになっちゃうので」
 鎌「うん。パサパサになっちゃう」
 倉「それでも自分が動かなければ色んな方、素晴らしい方には
   出会えませんので、なので年齢問わず、何かの為にとかじゃなく、
   本気で自分から話していこうと思います。そうじゃないと何も
   手に入らないし。動けばもしかしたらヒントが手に入るかも
   しれない。自身を肯定できる事が増えるかもしれない。
   だからもう少し、人と話していこうと思います」
 
 
誇りを持って生きるということ
 
 鎌「少しズレるけど、自分の同世代を見ていると、
   自分のやりたい事を目指して出版社に入った、映像制作会社に
   入ったなどエトセトラある。それはクリエイティブな仕事だけ
   じゃなく、それこそ銀行でも、郵便局でも、自衛隊でもいいんだ
   けど、目指しているモノを目指してそこに入ったのに、結局
   好きな事がやれているのかと言えば、皆やれていなくて」
 倉「そうかもしれません」
 鎌「本人がどう思ってるかは分かんない。そう俺から見えてるだけで。
   そういう意味では誰も変わりはしないのかもしれない。
   タイムマシンで見に来たら、どちらの場合もガッカリみたいな」
 倉「マリリンも八千代さんも何かを犠牲にしてきたのかもしれません。
   何処か大手にいれば、環境であったり生活であったり社会的な
   面ではマイナスにはなり難いでしょう。逆に僕は今自由にやれて
   いる部分はありますが、犠牲にしている部分も多いとも思います。
   それはただの比較ですが。でももしかしたら幸せの分量は誰も
   変わらないのかもしれません。だからこそ僕は自身に対しても、
   他者に対しても羨む事はしてはいけないと思って生きています」
 鎌「今日のテーマは八千代さんが言っていた、
   “誇りを持って生きなさい”という事だったもんね。
   だからみんな、誇りを持てるように頑張っていこうよと」
 倉「僕もそれだけの為に、頑張って生きます」
 鎌「俺も誇りを持って、明日からケーブルを切っていこうと!(笑)」
 倉「何だか街中のケーブルを切って回るようにも聴こえました(笑)」
 鎌「(爆笑)」

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第十話へつづく・・・






 
 
 

2010.11.08