第三十三話「トンテキ」

文・鎌田浩宮

 

不動産屋に勤める重美(伊藤麻実子)は、好きな人ができるたびにセーターを編むが、いつも片想いのまま終わっていた。それでも、また恋に落ちる重美。今度の相手は会社の後輩の栗原(水間ロン)。めしやにも連れてきて、トンテキをごちそうする。一週間後、手編みのセーターを渡したものの、栗原の気持ちがわからずにやきもきする重美。そんなとき、もう一人の後輩・白野(矢本悠馬)から、編物を教えて欲しいと頼まれる。 (公式HPより)

 

 

他の番組ではあまり見かけない俳優を、主役に抜擢する。「深夜食堂」を観る楽しみのひとつだ。この回の主役・伊藤麻実子さん、いいなあ!久世光彦作品に出演していた頃の、若き樹木希林さんを思い出す。僕が言うのもおこがましいばかりだが、素晴らしい演出家や監督・脚本家と出会って、どんどんいい映画・ドラマに出演してほしい。

そうこう考えていると、大人計画も浮かんでくる。伊藤さんが大人計画所属と聞いても、疑わないだろう。対する矢本悠馬さんは大人計画の研究生だったらしい。才能は、大人計画に集まってくる。大人計画、ひとり勝ち。大人計画と言えば、先日(2020年12月20日)NHK総合「おやすみ日本・眠いいね」は深夜にもかかわらずげらげら笑って過ごすことができた。

 

 

皆川猿時さんから噴出する大らかさは、多くの人が忘れているものだ。「人の目を気にして生きるなんてくだらないことさ」とキヨシローは歌ってくれたが、人の目など気にせず太りまくり、福島なまりを直さず「うちの奥さんが寝てる時たくわんおいしそうに食べてるから『それちょうだいよ』と言ったら歯ぎしりだったんですよ」の類を断続的に話す。

しょっちゅうそばにいるクドカンや阿部サダヲさんは、半ば呆れているように放置していた。それでいい。お笑い芸人のような無駄な突っ込みなど、全くいらない。

恒例の「眠いい音楽」、皆川さんが選んだ2曲はRCサクセション「いい事ばかりはありゃしない」ボ・ガンボス「夢の中」だぜ。大人になる計画を遂行していくと、どうしたってこうなるのだ。もう、サイコー。

 

 

新自由主義経済、格差と分断を煽りまくるファッキン現政権のおかげで、僕らは個である事を強要され、それが当たり前のようになっている。でも、グループ魂のこの3人を眺めていると、グループっていいな、徒党を組むっていいなと感じ入ってしまう。

徒党を組めば、個がさらされて誹謗中傷を浴びようと、その痛みは軽くなる。僕はこの3人の足元にも及ばない、爪の垢にもならないが、来年からは徒党を組んで、何か面白いことをしてみたいなどと思ってしまう。

そもそも、自民党の奴等なんて、独りじゃ何もできないじゃないか。安倍が右を向けと言ったら、全速力で顔を右に向ける。徒党を組まなきゃ何もできない連中だ。

話が脱線している。いや、脱線していない。才能はすべからく大人計画になだれ込んでいるわけでは、ない。伊藤麻実子さんは、独りでいる。そして役柄は、好きな人ができると、すぐにセーターなどを編んでしまう、不動産の事務員。

 

 

相手が自分に惚れているかどうかは、あまり意味がない。というか、相手も自分と同じ気持ちだろうと、信じて疑わない。だから、相手が自分に惚れていないことを知ると、こちらが驚くくらいがく然とした顔をする。

昔々のその昔、僕が女性に惚れた時、どう思っていただろう?ああでもない、こうでもないと考えて、朝も昼も夜も夜中も考えて、考え尽くして、あの人も僕にまんざらでもないだろうと行き当たる。万全を期して告白すると、見事にふられる。予想だにできなかった結果に、がく然とする。死んじまいたいと泣き続ける。

そうか。
そうだったのか。
僕も、ごんごんと音が鳴るほど、セーターを編んでいたのだ。

編み物が進み、完成に近づく。不安だった心が、今回は成就できると思い始める。恋人になれたら、デートはどこに行こう。どんな映画を観に行こう。僕の好きな曲をカセットテープにして渡そう。どんどん編んでいく。まるで寅さんのように、恋を楽しむ。このドラマの女性のように、恋を楽しむ。

愚かにも、編み物に夢中になりすぎていた。よそに、僕へ好意を寄せてくれていた希少な人が、ほんの少しだけいた事が、今になると分かる。伊藤さん演ずる女性は、違った。私の編んだセーターを、なぜか持っている男を知る。素晴らしい。ジンセーは、素晴らしい。世界は、捨てたもんじゃない。世界は、死んじまうには惜しいものだったのだ。

 


2020.12.25