第三十二話「アメリカンドッグ」

文・鎌田浩宮

 

浅草芸人のケセラ世良夫(佐藤B作)は、マスターの作るアメリカンドッグを気に入りめしやに通っている。かつては人気を博した世良夫だったが、時代の流れですっかり落ち目に。代わりに元付き人で、若い森脇ハジメ(新井浩文)が活躍しはじめていた。面白くない世良夫は、女絡みの諍いをきっかけにハジメと絶縁。以来、酒浸りになり、舞台にもあがらなくなって…。 (公式HPより)

 

寅さんにも出演していた、B作さん。

 

仕込みは済んでいるはずだ

 

余計な音楽が入っていなくて、無音の状態を楽しめるドラマは、そうない。知らない俳優が、重要な役を演じている。音楽が入ってきたと思うと、生楽器が1つか2つ。シンセサイザーでも、オーケストラでもない。俳優はロングショットのまま。顔のアップはない。食堂の中は、陰影が深い。影になっているところは、フィルムの味わいがある。例えば、インスタグラムでは様々な色調性が可能だが、あの安易さがない。

これが「深夜食堂」の味だ。現場は楽しいことだろう。役者にとって乗って演じられる土壌が、既に仕込み済みなのだから。

新井浩文さん、演技がうまい。役柄上、佐藤B作さんはオーヴァーアクション気味なので、余計に新井さんが映える。抑えた、オフビート。だが、嫌味ではない。

新井浩文さんは、今まさにこのドラマの中にいる。これまで彼の周りにいた人々が、手の平を返したようにどこかへ消えてしまったかも知れない。こんな時に、手を差しのべることができる人。

ハジメちゃんと世良夫師匠が取っ組み合いのケンカになり、互いの恋人を寝取った事実が分かる。以前師匠にやられたから、やり返したようにも聞こえる。ひでえ話だ。血を見るような話だ。しかしその後ハジメちゃんは、師匠に恩返しをする。

そのような人が、新井さんの元に現われることを願う。そして刑を終えたら「深夜食堂」に出演してほしい。現場は、その時も仕込み済みであるはずだ。深夜食堂には、ヤクザや、その子分や、それらを恋する人や、慕う人、刑事も、お巡りさんも、ヌードダンサーや、労働者や、OLや、LGBTも、学生も、演歌歌手や、流しの歌手や、元アイドルや、元ボクサーや、料理研究家や、脚本家や、カメラマンや、AV男優や、風俗嬢も集う。その中に、新井さんが戻ってくる。皆で、酒を呑み、めしを食うのだ。

正義を、必要以上に振りかざさない。そこで何が起きたのか、憶測で言ってはいけない。そもそも僕だって、ろくな人物ではないのだから。

 


喜多村千尋さん。


枝元深佳(みか)さん。


大家由祐子(だいけゆうこ)さん。

素敵な俳優が、今回は端役で多々出演していた。枝元さんは舞台「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」に出演。喜多村さんは東京ヴォードヴィルショーだが、温泉ドラゴンにも客演している。大家さんは、北野武作品の常連だった。
 
 





2020.12.16