第十一話「再び赤いウインナー」

以前からアクセス数の多かった
このコンテンツ、
『「深夜食堂」を褒めちぎる』が、
ここんところ、とみに読まれてまして。

何故かって言やあ、当然、
テレビにて「深夜食堂」の
続編放映が始まったからで。

そこで、アクセス数増加に押されて、
万難を排して、エプスタの方でも、
連載、復活です。
前と何も変わんない、
倉田ケンジ・鎌田浩宮のコンビで
存分に語り倒していきますんで
どうぞ、寄ってきておくんなさい。

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営業時間は夜の十二時から朝の七時頃まで、人呼んで「深夜食堂」。こわもてのマスター(小林薫)が包丁を握り、メニューは「豚汁定食」のほかは、ビールと酒、焼酎のみ、あとは出来るものなら作ってくれる。小寿々(綾田俊樹)、忠さん(不破万作)、小道(宇野祥平)、「お茶漬けシスターズ」ことミキ(須藤理彩)、ルミ(小林麻子)、カナ(吉本菜穂子)ら、今夜も味のある、常連客が集う。常連客の一人に地回りのヤクザである竜(松重豊)がいる。マスターの作る「赤いウィンナー」が大のお気に入りだ。その竜のもとへ、刑事の野口(光石研)が現れた。
二人は九州の名門高校野球部の同級生だったが、竜が地元で起こした喧嘩のために、かつて甲子園出場を棒に振っている。野口は、病気で入院している元マネージャー・クミ(安田成美)の見舞いへと竜を誘う。当時竜は、クミを守るためにチンピラ相手に喧嘩をしたのだったが、彼女は今、重い病にふせっていた。(公式サイトより抜粋)

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待ってたぜ、マスター!

鎌田「待ってたぜ、マスター!というのは嘘で、
   この視聴率至上主義の世界で、続編ができるとは
   思ってなかったよ」
倉田「僕も期待しつつもどこかで無理かなって思ってました」
鎌「DVDが予想より売れたのかなあ?」
倉「売れたんですかね?それよりは第一期放映後、韓国での
  リメイクオファー、ギャラクシー賞受賞などの追い風が
  あったからだと思います。セットも大きくなってますし」
鎌「皆同じ気持ちだろうけど、前回より面白くなくなったら
  どうしよう、というファンならではの不安もあるよね」
倉「僕はさほど不安はありませんでしたね。監督が
  松岡さんで無くなるとか時間帯変わるとかだったら
  不安も持ったかもしれませんが」

再び流れていく夜の視線、現代の新宿の姿。
鎌「オープニングの車道を走るシーンからして、撮り直してる
  んだね。丁寧だなあ。でも、今回はデジタルテレビで観て
  いるせいか、新宿の街がクリアーすぎるねえ」
倉「そうですね。少し綺麗すぎる気もします」
鎌「あ、俺の大嫌いな270円居酒屋なんて映り込んでるよ。
  今だねえ」
倉「第一期放映からも、新宿はもう変化してるんですね…」

変わらない深夜食堂。そしてマスターの変わらない姿。
鎌「豚汁を仕込むシーンからフィルムの質感に戻る。ここは
  替えてないねえ」
倉「でもここも新規で撮り直してますね。鍋で炒める豚の
  こびり付きで分かりました(笑)」
鎌「あ!食堂の中のテレビ、アナログのまんまだよ、てへへ」
倉「という事は現在は使えてないんですね…」

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食堂を取り囲む、語られなかった風景

倉「放映前スペシャルでもやっていましたが、今回は食堂外の
  セットが広く作られてますね。しかも丁寧です」
鎌「視聴した人々の感想を読むと、以前よりセットが豪華に
  なったから嫌だとか、食堂の外の舞台が多くて嫌だとか
  あったけどそれは前回からの大きな変化とは思えないな」
倉「僕もその点はあまり気になる事はなかったですね。そりゃ
  第一期のストイックすぎるくらいの情報量の少なさは、
  演出意図だけでない様々な制作環境で成り立っていたと
  撮影経験上感じていましたし」
鎌「だよね。そういった些細な事で揺らがない世界だからね」
倉「ファンは変化に過敏ですからね。分かりますけど」

鎌「マスターは食堂の中で生きていて、客の素姓を訊くなんて
  無粋な事はしないけど、客は食堂の外で生きている。食堂
  の外が充足していれば食堂になんぞ立ち寄らないんだ」
倉「第一期だって決して外が少なかった訳ではないですよね。
  でも久々に見るとそう感じるのかも。固まってしまった
  イメージなんでしょうね。元々、外世界と内世界の接点の
  ような場所が“深夜食堂”だったりした訳ですから」
鎌「なぜ深夜食堂というサンクチュアリというか「解放区」に
  立ち寄りたくなるのかを描こうとすれば、その充足して
  ない“外”を描くのは問題ないよね」
倉「特に第十一話は一期の第一話の続きのような作品だから、
  “外”は絶対的に必要だったと思います。僕はそれでも
  この話はよく食堂側を使ったほうだとさえ思ってます。
  “外”だけでも終えてしまえそうな話でしたから」

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再び登場するヤクザの竜、刑事の野口。
鎌「竜ちゃん役の松重豊さんと刑事野口役の光石研さんは、
  どっちも本当に福岡出身なんだって」
倉「あ、そうなんですか!」
鎌「だから現場では博多弁のアドリヴで丁々発止で
  よかったらしいよ」
倉「いいですね。でも、ぶっちゃけ一期の第十話で二人が
  揃って登場してましたが、二人の関係は赤の他人、
  ただの刑事とヤクザの関係だと思ってました」
鎌「今回の関係は想像しなかったね」

倉「クミ役の安田成美さんは如何でしたか?僕はじっくりと
  安田さんを捉え続けた演出、胸に来ました」
鎌「安田成美のスッピン、ちゃんと老け込んでていいね。
  あの人、他のテレビだと映りが良すぎて、未だに30代に
  見えちゃうからね」
倉「そうなんですよね。でも今回は歳相応には見えました」
鎌「ギリギリね」

倉「僕には病床のクミの視線が苦しくて、辛くて・・・」
鎌「どういう事?」
倉「別の男と結婚し、子供もいる。でも死を前にしてるからか
  それともずっとだったのか、視線が過去を見つめていて。
  目前の竜ではなく、必死に前方を見つめる視線が、僕には
  痛くて。深い傷、叶わなかった望みをずっと見ていて」
鎌「そうだったね・・・」
倉「自分が死ぬ事も理解していて、それでもあの日を
越えようと願う視線があったと想います。そして野口」
鎌「うん・・」

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倉「野球では竜に及ばず、クミにもフラレた。そして甲子園も
  竜のせいで行けなくなった。竜はヤクザになった。それで
  もクミを愛し、支え続けていた野口がクミに迫る死を知り、
  クミと竜の再会をセッティングする。会っている間クミの
  子とのキャッチボールでボールを取りこぼし、泣き崩れる。
  なんとも人生の優しさとやるせなさ、ああいう形でしか
  本心を出さない、出せない男の姿に、僕は泣きました」
鎌「野口は独身なんだろうね・・」
倉「僕もそう思います。そして若い頃野口は竜にも憧れていた
  んだと思います。野口もまた器用ではないんですよ」

深夜食堂にやってくる野口、竜、そして車椅子のクミ。
鎌「あのバリアフリーの板も、涙が出るね」
倉「はい。嬉しくなりました」
鎌「あの舎弟のゲン(山中崇)が自分で考えてやったんだとした
  ら、本当にいい話だよね。どっちの設定なんだろう?」
倉「僕はゲンが考えた事だと思いたいですね。いいヤツです」

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食堂に入っていく三人。赤いウインナー、そして・・・
倉「僕はこのカッティング(編集)の鋭さに、泣きました」
鎌「説明を一気に省いていたね」
倉「食堂に入る三人を俯瞰で捉えたカットから、赤いウインナ
  ーのカット、次のカットがお清めの塩、次が喪服の竜と野
  口が座っているカット。省略の中に、衝撃を与える意図と、
  三人の食事の姿、クミの死の周辺での出来事すら観客の想
  像にぶん投げる。ここ最近のドラマではほぼ許されない、
  でも本当に素晴らしい編集だと思いました」
鎌「話は変わるけど、僕ね、お清めの塩って、使わないんだよ」
倉「わかります」
鎌「死はけがれているから塩で身を清めるんなら、僕は愛する
  死者に、ずっと傍にいてほしいもん」
倉「その辺りは竜も野口も、クミの死にはそうでしょう。
  そこはマスターが差し出すお清めの塩を断るくらい
  やっても良かったかもしれませんね」

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鎌「終わったねえ」
倉「相変わらず30分番組ではないですね。1時間くらいの
  ドラマ印象しか僕にはありませんよ」
鎌「うん、濃いね。あと音楽変わったねえ」
倉「そうですね、想ったより色々なの流れていましたね」
鎌「あの聴いてて苦痛だったラストにかかるやつも変わってた
  けど、そっちじゃなくて、劇中のサントラがね」
倉「世界観と寄り添う、程よいものでした」
鎌「僕も音楽家の端くれですから!すぐに判りました。
  今回は佐藤公彦ってテロップに出てるから、まさかケメな
  はずないし、色々調べたら、元ビブラストーンの淡谷三治
  なんだね。今回の方が、僕は好みです」
倉「ビブラストーン!懐かしいですねえ」

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いかに自分をチョウコクするか?

倉「しかし、松岡監督の好みなのか、ヤクザという職に何か
  こだわりがあるのか、また第二期の一話目でヤクザの
  竜の話を持ってきましたね」
鎌「なんでだろうね。ヤクザ話が嫌いな人もいるだろうに」
倉「今回は“ヤクザ話”というよりも、遺恨を残した人々の
  どうにも取り返しの付かない過去と気持ちの話でした。
  そういう意味では一番有り得る職なのかもしれません」
鎌「僕は子供の頃通っていた銭湯で、やくざのおじいちゃんに
  優しくしてもらった体験もあるし、同窓生にやくざもいる
  し、偏見はないよ」
倉「一期でも言われてましたね。僕はさほど接点ないですが」
鎌「でもね、竜ちゃんはさ、チンピラに絡まれた事から恋人と
  仲間と野球を捨てて、それで手前がチンピラと同じ極道の
  世界に入っちまったのは褒められる事じゃないよ。それは
  だらしのない生き方なんだ」
倉「皮肉すぎますよね。小寿々さんが理由知らずにああだこう
  だ言うなとお茶漬けシスターズに言ってましたけど、それ
  でもクミを守る為だとしても、その後極道の道に入るのは
  やはり褒められないですね。否定する気もないですけど」

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鎌「この深夜食堂というドラマではいろんな人生を描いてる
  けどその中には“如何に自分をチョウコクするか?”と
  いうエピソードも多いんだよ」
倉「チョウコク?」
鎌「うん、チョウコク。超克とも彫刻とも、どっちに取って
  もらってもいいよ」
倉「難しい言葉ですよね。“超克”は苦悩や困難に打ち勝ち、
  それを乗り越える意ですよね?」
鎌「超克はね」
倉「“彫刻”の方は面白い見解です。自身の、或いは他者の
  人生に彫り込む、彫り上げる、といったところですか?」
鎌「そうかな。それで考えるとね、このヤクザの竜ちゃんは
  どっちもしていないと思うんだ」
倉「逃げる事に終始してしまったんでしょうね。多分、愛して
  いた野球と仲間、両方を裏切ってしまったという想いは、
  相当に竜を歪ませてしまうものだったと僕は思います」

鎌「僕はロックバンドもやってるんだけど、音楽を見極める時
  それはロックか、それとも演歌か歌謡曲か、という判断基
  準で聴くんだ」
倉「それは意外ですね」
鎌「困難が降りかかった時、それをチョウコクせずに傷を
  舐め合い、慰めるのは演歌であってロックじゃない、
  とかね」
倉「ただの音楽ジャンルではなく、そのジャンルの持つ
  精神性や理念、成り立ちや消せない匂いからの
  捕らえ方なんですね」
鎌「うん」
倉「それならば凄く分かります」

鎌「記念すべき復活の第十一回は、演歌になりそうな危険を
  はらんでいたよ」
倉「それは鎌田さん的にはダメなんですか?」
鎌「いやダメとかではないよ。ただ停滞して終わるよな
  舐め合いドラマ、演歌でいいのかってね深夜食堂は」
倉「でも結果的にはそれでは終わりませんでしたね」
鎌「うん。演歌になりそうだったけど、それでも上質のドラマ
  に成り得たのは竜ちゃんがなんとかチョウコクしたから
  だろう。赤ん坊くらいいろんな人の手を焼かせたけどね」
倉「ほんの少し、でも残された“少し”を越えたとは思います」
鎌「そうだね」
倉「もっと言うとヤクザの竜、刑事の野口、そして病床のクミ
  全員が、どうしても取り返しが付かないモノをどうしても
  取り戻そうとしていた、まさに超克しようと何十年も
  苦悶し続けていた話でしたから、再会と、多分一緒に赤い
  ウインナーを最後に食べられた事は、三人にとって相当な
  チョウコクとなったと、僕は想いたいです」

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乗り越える事。乗り越えて見えてくる世界。

鎌「僕は子供の頃すんごく貧乏だったけど、行かせてもらえた
  塾に、二口(ふたくち)先生ってのがいてね。常に体を鍛え
  ていて、中年なのにラガーマンみたいな筋肉でね、Leeの
  白いシャツが似合ってたなあ」
倉「That’s昭和ティーチャーですね!」
鎌「そうだねえ。ふたくち先生は割り切れるものはとことん
  突き詰めて、白黒つけようとする。だから頑張らない子
  なんか、30発ぐらいぶん殴るんだよ」
倉「激しいですね・・いや、怖いですよ・・」
鎌「んで、太宰治が嫌いだったんじゃないかな」
倉「ん?それは何故です?先生って太宰好きそうですけど」
鎌「いや、要はね、自分をチョウコクし続け、それができる人
  だったんだろうね、ふたくち先生は。だからチョウコクを
  できない、いや、しようと試みる事をしなかったような
  太宰治が嫌いだったのかもしれない」

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倉「相当に、色々背負われてきた方だったんでしょうか?」
鎌「そうかもしれない。僕はその先生が大好きで、そんな人に
  なりたいなあって心から思ってたよ」
倉「年齢関係なく、立ち止まらず、逃げず、必死に乗り越える
  先生の姿に、少年期の鎌田さんは惚れたんでしょうね」
鎌「そうだったんだと思う。でもね、だからかもしれないけど
  人にはチョウコク出来ない事もあるって知ったのは、
  すごく遅かったよ、僕の場合」
倉「自身を律して生きる人を早く知るとそうなるものなので
  しょうか?」
鎌「どうなんだろうね」
倉「でもそうですよね、学んで、経験して、泣いて、挫折して
  それらを普通に背負って大人になっただけなのに、子供の
  頃の何でも出来ると想えた万能な感は消えてしまう。
  賢くなればなるほど超克できないと思えてしまう。
  そしてどうしても超克できない事象は眼前に現れますし」
鎌「だから竜ちゃんの生き様も分かる。でも、恋人をさんざっ
  ぱら泣かせて捨てて、褒められたもんじゃねえよ、っての
  は頭に置いとかないといけないドラマだと思う。
  諸手を挙げて竜ちゃんよくやった、第一期同様またもや傑作だ、
  と僕は言えないんだなあ」

倉「多分、チョウコクの種というものは手に入れてから時間を
  置いてはいけないんだと思います。苦しくてもその種か
  ら逃げてはいけない。放置したらその種は成長して二度
  と刈り取れなくなってしまうのかもしれませんね」
鎌「うん」
倉「僕の中にも放置しているチョウコクの種は在りますよ…」
鎌「僕にも、いや誰にでもあるんだろうよ」
倉「でも僕は今回の三人、もう、許してあげたいです」
鎌「僕が第一期の中で1番好きだったのは、「猫まんま」の回
  と「タマゴサンド」の回なんだよね」
倉「そう言われてましたね。僕は「猫まんま」が一番です」
鎌「二話とも、自分をチョウコクする話なんだよね、
  今気づいたんだけど」
倉「そうでしたよね。というかほぼ全話そんな気もします。
  でも今回の十一話、僕は大好きですよ。
  三人とも方向性は間違ってましたが、三人ともが他者への
  優しさを忘れず持っていた点が、大人となってしまった
  僕としては、種を持つ身としては、救いでもありました」
鎌「その通りです。今回のテーマである、愛情や友情によって赦す
  という行為は、とても大切なこと。
  そしてそれは、次の第十二回の重要なテーマでもあります…」

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第十二話へつづく・・・


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2011.10.28