エプスタ編集長による番外編『一枚のハガキ』

僕には99歳になるおじいちゃんがいて、
昔の話をしてくれると言う。

今聞かせてよと言ったら、
実は98歳の時に映画にしたから
そしてもう映画は撮らないから
今度の土曜日に観においでと言う。

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僕が生まれてから43年も経つのに
まだ話していないことがあるというのも驚きだし、
普段は車椅子なのに映画を撮っていたこともびっくりだったし、
最後の作品だというし、
99歳の人が昔話をするなんてとっても珍しいし、
99歳の人がどんな昔話をするのか見当もつかなかったので
これは観に行かない手はないな、と思った。

友達も呼んでいい?と聞いたら、
いいよと言うので、声をかけてみた。

ところで昔話っていつの話と聞くと、
戦争の頃の話と言う。

ichimai

テアトル新宿という映画館には
7割から8割の人が入っていただろうか。
宣伝もあまりできなかったのにすごいなと思った。

この前原田芳雄の遺作「大鹿村騒動記」の時は
あまりにもお年寄りが多くてびっくりしたものだけど、
この日のお客さんはもう少し若かったのも意外だった。

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芳雄ちゃんはいつでもとんがっていてアウトローでブルーズなイメージがあるから
ファンも若いのだと勘違いしていた。
芳雄ちゃんは既に重鎮というか、店でいうと老舗の域に達していたのだ。
でも、おじいちゃんは99歳で、もう同世代のお客さんなどいるはずがないものね。

おじいちゃんは昔「裸の島」という
白黒で台詞が1つもない実験的な、
でも人間の普遍的な在りようを描いた映画を撮り、
僕は痛く感動したので
奄美大島のイカシたおじさんと
http://kaihu.blog.ocn.ne.jp/amami/2011/06/post_e1ad.html
ここで夜を徹して長話にふけったものだった。

この日の映画は「裸の島」とは違って、
とてもオーソドックスな作風だった。
あまりにオーソドックスで、
おじいちゃんから古い民話を聞いているようだった。
万歳三唱で出征する場面なんか、
人を豆粒くらいの小ささで映すものだから、
なんだかのどかで滑稽。

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でも突然、ムンクの叫びのように大げさな顔で絶叫させる台詞が時々あって、
それはどれも、戦争に対する怒りの台詞だ。
唐突すぎて大声すぎてなんだか正直へんてこなのだけど、
それはおじいちゃんの怒りの大きさなのだった。
98歳になっても収まらないのだった。

平等だから出征先はクジで決める、
クジでフィリピン行きになり戦死する中年の役を六平直政が演じる。
他の作品ではわめいたり大げさな演技が目立つ彼が
おじいちゃんの演出で穏やかに映り、
まるで泰ちゃんのようなのだ。

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泰ちゃんというのはおじいちゃんの古い仲間で、
「裸の島」にも主演している。
おじいちゃんと同じくらいの生まれだけど
酒と女が大好きで、もちろんもう73歳で死んでいる。
死んでからおじいちゃんが泰ちゃんのことを撮った
「三文役者」という映画は、僕も大好きだ。

そんな愛されていた泰ちゃんがまるで生き返ったような六平ちゃんが、
劇中、本当なら戦死せず、大竹しのぶ演ずる妻と、
戦後も「裸の島」のように
二人で天びんに水をたっぷり入れて
汗を吹き出しながら運び、
生を噛みしめなきゃいけないのだ。

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だから、豊川悦司演ずる主人公よりも
戦死した役の六平ちゃんこそが
泰ちゃんに似ていなければならないのだ。

六平ちゃん演ずる中年男はこの世にいない。
だからこそ、僕は1つのアイデアをおじいちゃんに伝えた。
最後、大竹しのぶと豊川悦司が天びんで運ぶカットの次に、
あの、乾いた土にひしゃくで水をかけ、
土が見る間に水を吸い込んでいく
白黒の「裸の島」のあのカットを、
たった2秒でいいから挿入したらどうだろう?って。

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そうしたら、おじいちゃんは言うのだ。
「これで最後の作品だと言ったけれど、もう一作撮りたいな。
今度は、乙羽信子さんのことを撮りたいんだ」

おじいちゃん、僕をだましたな。
僕らは、ほくそ笑んだ。

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文・鎌田浩宮

http://www.ichimai-no-hagaki.jp/
戦争末期に召集された100人の中年兵士。クジで赴く戦地が決められた夜、啓太は一人の兵から彼の妻からの一枚のハガキを託される。戦死するだろうから、生き残ったらハガキを読んだと妻を訪ねてほしいと頼まれたのだ。やがて、日本は終戦を迎えるが…。音楽は「裸の島」で印象に残るメロディーを作曲した林光が担当している。98歳にして現役の巨匠・新藤兼人が、映画人生最期の作品と語る最新作。2011年8月6日より全国映画館にてロードショウ上映中。

taichan

 

2011.08.29