第三十一話「タンメン」

文・鎌田浩宮

 

ラジオ局のアナウンサー、島田(近藤公園)は、医者から隠れ肥満と診断されたことを気にしつつも、好物のタンメンが止められない。そんなある日、麺抜きでタンメンを食べるタクシー運転手の晴美(片岡礼子)と出会い、興味を持つように。やがて島田は、晴美が子どもの頃に憧れた戦隊モノの人気ヒロインを演じていた女優だったことに気づく。 (公式HPより)

 

 

連載、再開します。

 

放映がTBS系列からネットフリックスに変わり、有料で観なければならないことに腹を立てていた(ただし、この第4部のおおむねは、後日TBSでも放送されたのだが)。また、第二部からそうだったのだが、作品により出来のばらつきがあり「褒めちぎる」のに難儀な回が増えていた。

しかし、このウェブサイト「エプスタインズ」が創刊10周年となり、この「『深夜食堂』を、褒めちぎる。」は今も世界中からアクセスがある。であれば、未着手である第四部と五部も執筆した方がいいのではないか。改めてDVDをレンタルし観直し、執筆していくので、よろしくお願いします。

片岡礼子さん。「Red」(2020年)という映画で拝見していた。また、橋口亮輔監督作品に多々出演されている。彼の「恋人たち」(2015年)という映画は、とても素晴らしかった。

 

 

ラジオはなぜ豊かなのか

 

深夜のラジオというのは、サンクチュアリのような一面がある。鶴光やビートたけしがとんでもない話をしても、記録に残らない。彼らの言葉は、電波に乗った途端、大気の中に消えていく。記録に残ると言えば、僕のような熱心な聞き手が、お小遣いを貯めて買ったカセットテープに録音する程度のもの。

吉見幸洋(ゆきひろ)さん演ずる俳優が、LGBTであることを話す。自分のありのままを隠して生きるのは、苦痛だ。深夜のラジオで、自らを打ち明ける。それはとても楽しそうだ。開放されている。生き生きとしている。

今は、どうなんだろう?

この番組は、2016年10月に放映された。その頃の深夜放送は、大気に消えることはできたのだろうか?SNSに、その痕跡が残ってしまうのだろうか。匿名による、全くもって下らない誹謗中傷にまみれてしまうのだろうか。

そこで、この回を「現実はそんなに甘くない」「あんなことをしたら叩かれる」と非難しても、つまらない。深夜のラジオというものは、かくして昔も今も、このように守られるべし!と解釈した方がいい。

2019年の5月末に、隠居生活を始めた。まだコロナになる前だったが、外出しなくなった。外に出る用事がないからだ。家の中は楽しく、夕方からつまみを作り、広島東洋カープの試合を観ながら晩酌する。

そんな生活の中で、ラジオを聴く機会が増えた。特に京都はいい番組が多く、1週間で全国各地10前後の放送を聴いている。気づいたのは、その中の会話が記録されていないことだった。番組のHPにもSNSにも、誰が何を喋ったか文章化されていないのだ。

僕ら聴取者は、野暮なことをしないからだ。印象に残る会話などを、SNSに書き込むことなどせず、YouTubeにして残すこともしない。感じたことをどうしても伝えたければ、メールや手紙などを番組にしたためればいい。

番組で自分の名前が読み上げられると、こんないい年齢になっても、どきっとする。いやそれは、年齢のせいではない。受け手と送り手がつながることは、とても豊かなことなのだ。受け手がSNSで一方的に感想を書き込むこととは、類が違うのだ。

この回で自己を吐露したLGBTを、ふわりと聴取者が包み込む。そんなサンクチュアリを望むのは、僕だけではないはずだ。

 

「いだてん」出演時の近藤公園さん。

 

俳優と副業

 

俳優が、他の仕事に就く。思い出した事がある。

数十年前、僕はサラリーマンだった。会社には工場があり、アルバイトを数名雇っていたのだが、その中に50代の男性がいた。彼は俳優なのだが、売れている様子はない。年に1回舞台に立ち、数年に1度CMに出演する程度だった。ハンサムと言われれば、少々ハンサムだが無精ひげ。長身でもなく、スタイルは平凡。

彼は定時の5分前になると、身の回りを掃除する。定時ぴったりで会社を出る。納期が迫り、他の者はアルバイトも社員も皆残業となっても、彼は決して応じず、5分前には掃除をするのだ。他の者は仕事の真最中であり、掃除は邪魔だ。

彼は殆どの者から嫌われていたが、僕は違った。定時になってから掃除をし、作業服を脱いで身支度をしても、その分の残業代は出ない。

つい先日、ゆうちょの従業員が「制服に着替える時間も賃金を払え」と訴え、ゆうちょ側は和解金を支払った。この訴えはもっともであり、よくぞ頑張ったなと感心した。

同調圧力など気にせず、テキトーに仕事をする。納期が迫り焦る同僚に交らず、スピードを早めない。休み時間に、台本を広げるでもない。のんびり煙草をくゆらせている。しかも、自分の作業机に灰皿を置いて。仕事の後も、稽古へ行くわけでない。手ぶらだから、そうと分かるのだ。

この「タンメン」のタクシー・ドライヴァーのように、強い決心をもって俳優を辞めるでもなく、新たな職業に人生を見出すでもなく、毎日を数十歳も年下の青年に混じって、作業をする。

そんな彼を嫌いになるはずがなかった。しかし、彼を懇意にしていた社長が急死する。2007年12月14日、13年前の今日だ。新しい社長は、2008年のリーマンショックを理由にしやすかった。彼はクビになってしまった。その翌年、僕もその会社を辞めた。

彼はまだお元気であらば、60代かと。

 

 

片岡礼子さんの写真を選んでいて、笑顔の素敵なものがいいなと思った。今後の出演作、楽しみにしながら追いかけようと思います。

 




2020.12.14