第七話「タマゴサンド」 <後編>

shinya007_03

 
つまらない優しさを抱えて
 
 鎌「『男はつらいよ』の評論集の中で、山田洋次監督本人が言ってた
   のかな?こんな事が書かれていたと思う。
 
    相手の心を美しいと思う。
    相手の顔を美しいと思う。
    相手の身体を美しいと思う。
    何もかもが美しいと思う。
    こんな素晴らしい女は僕には不釣合いだと
    いつの間にか思ってしまう。
    こんな駄目な僕には不釣合だ。この恋愛が叶うわけがない。
    そう思い込んでしまう。
 
   こういった気持ちを未だに持っていたりするから、俺も不器用な
   恋愛ばかりしているんだと思う。尚更若い時は強かった」
 倉「よく分かります」
 鎌「そんな金持ちの女の子や、美人な女性や、頭も心も綺麗な女性と
   恋愛した訳ではなかったんだけど。こんな俺がこんな人と叶う
   訳がない!こんな心の綺麗な人と薄汚れた俺が!とは
   よく思っていたね、10代20代の頃は」
 倉「僕は、若い頃と年齢を重ねた今と比較してみても、人は何も
   変わらないんじゃないかと思うんです。ただ若い時には壁や
   格差を乗り越えられるブースターというか、衝動のニトロという
   かが装備されていた分、無理矢理脱するような事は出来たのかも
   しれない」
 鎌「衝動ね」
 倉「相手の事を色々考えすぎて、というのはいつの時期でも起きる
   のかもしれない。年齢を重ねた時代でも、経験や頭だけが良く
   なってしまってそうなりやすいし、若い頃は若い頃で相手にも
   自分にも恐怖してしまいやすかったり。理由は変わっていくかも
   しれませんが」
 鎌「うん」
 倉「だからこの回には、僕は僕の過去を映しだして、それだけで
   感動していた訳ではなかったと思います」
 鎌「どの世代でも当てはまる事だと」
 倉「はい、そう思います。あと僕は苦学生の彼は繊細すぎた、
   というのでは無く、優しすぎたんではないかとも思っています」
 鎌「優しすぎた・・」
 倉「はい。優しい人間というものは、女性男性問わず、こういう結果に
   なりやすい気もします。優しすぎればすぎるほど、相手の事を
   気遣えれば気遣うほど、もしかしたら恋愛というコミュニケーシ
   ョンの形というものは取りづらい事なのかもしれません。
   何か逆説的ですけどね(笑)」
 鎌「凄く分かるよ」
 倉「何か、優しい方が、そういう人間がそうあって欲しいのに・・。
   怖がりとかではなく、自分を優先しなくなっちゃうと、格差の
   有無に関わらず、人と人は付き合えないかもしれないですよね。
   それはもしかしたら、つまらない優しさかもしれない。
   僕は優しいという事には肯定的ですけど、それでも
   ツマンナイ優しさはあるのかもしれないです」
 鎌「だからお茶漬けシスターズの須藤理彩は怒るんだよね。
   “何処に○○ぶら下げててんだあ?!”ってね(笑)
   あの台詞が無かったら、このドラマはまた全然別のドラマに
   なっていたと思うよ」
 倉「台詞と言えば、あの婚約者のIT社長。姿は出ませんでしたが。
   あの存在と台詞から、IT社長からもあの苦学生の青年と近い
   ものを感じました。IT社長は今の苦学生の苦悩をひと越え出来た、
   優しい男なんじゃないかと。そのIT社長に安らぎを感じたリサ。
   それは彼女の中的には出会った頃の苦学生の彼と似た様なもの
   だったんじゃないかとも思えます」

  
 倉「僕が辛かったのは、リサが食堂にいる中島に別れを伝えに来た
   じゃないですか。その時に、タマゴサンドを一口食べて、
   “前ももらったよね・・”と言って帰る。
   これまでのシリーズから考えると、彼女にとってはタマゴサンドの
   味は変わってしまったんだろうなって思えて。タマゴサンドは
   優しさや素朴さを象徴していたものだったのかもしれない。
   彼女も変わったのかもしれない。決別したのかもしれない。
   別に彼女が悪いとかはないんですけど、一口食べて言った一言は
   最後の“さようなら”よりも辛く聴こえました・・・」
 鎌「そうか・・」
 倉「それでも彼女はちゃんと義理を果たしましたし、リサがマスター
   だけに伝えていた事を、マスターが中島君に伝えた事で、彼も
   勘違いせずに済んだのは救いでしたが・・。彼女も、彼も、
   あまりに言葉が少なすぎたんではないかと僕は思います」
 鎌「マスターが彼にああ言ってくれなければ、彼女の真意は伝わらない
   まま、この恋は非常に後味の悪いものとして終わったと思う」
 倉「前回もこの回も、マスターの存在が結構大きいですよね」
 鎌「そうだね・・・」
 倉「僕は、リサの方も格差を越えられなかったとも思えました」
 鎌「確かに、中島が吐いた“住む世界が違うから”という言葉から
   離れられなかったし。彼女もあの言葉を乗り越えられなかった」
 倉「そこにIT社長が現れたわけですもんね。それで結婚しちゃう。
   ちょっと痛々しいというか、未熟にも感じられて・・・」
 鎌「逆視点で、リサは格差を見ているんだろうね。格差を格差と
   捉えなくなった事で、相手は誰でもよくなった。たまたま出会った
   IT社長なわけで。そのIT社長の言葉にリサも惹かれた訳でね」
 倉「そうですね。悲しい哉、人と人が繋がるのは、不意に出来て
   しまった隙間、そして不意のタイミングでその隙間が埋まるか、
   であったりしますからね。だから分からなくはないですが・・・」
 鎌「ただ彼女の立場で考えると、男の方から君とは乗り越えられない
   壁があると言われてしまうのは非常に打破しづらいよ・・」
 倉「でもそれ、女性から言われても同じ気がしません?(笑)
   そんなん言われたら男でも取り返しつかなそうです」
 鎌「かもね(笑)」
 
 
日本の原点的恋愛観
 
 鎌「昔読んだ本で、山田洋次作品に対しての佐藤忠男の評論の中で
   日本映画における恋愛映画の原型は『無法松の一生』という戦前の
   映画であろうとあったね」
 倉「ほお、そうなんですか!」
 鎌「気持ちは伝えられない、逆に伝わらなくてもいい、この女性の
   為なら死ねる、守りたい、という事は、日本独特の感じに思われる
   映画も、実はヨーロッパの騎士道精神に近いものであったと。
   姫、王女の為なら死ねる、この気持ちを伝える事は無いが、
   一生背負い、守り、戦う、という部分がシンクロするらしいよ」
 倉「言われてみれば・・・。例えば今の時代で
   この『タマゴサンド』の回などを、ヨーロッパや米国の方が
   観られたら、どう思いますかねえ?」
 鎌「そうねえ・・・」
 倉「ヨーロッパの方々は理解してくださる気もしますが、
   アメリカでは“バカじゃね!?”と言われかねないかも(笑)」
 鎌「うん。今のアメリカ人の恋愛観と『深夜食堂』とでは相容れない
   部分もあるかもしれないね。須藤理彩みたいな女性が
   100人くらい出てきたりね(笑)」
 倉「それはイヤな映画ですねえ(笑)」
 鎌「俺みたいなキャラは駆逐されて、脇役どころか登場すらしない
   かもしれない(笑) と思ったら『マディソン郡の橋』のよな、
   妙にプラトニックな映画が出てきてヒットしたりもするし。
   面白いよね、『マディソン郡の橋』はアメリカ制作なんだよね」
 倉「そうですね。今はアメリカインディペンデントの世界でも、
   こういった日本的な恋愛観をもった作品は多くありますしね」
 鎌「そうなんだ」
 倉「だからどの国にも繊細さ、真摯な恋愛観はあると思うんですけど、
   それでもこの回は海外の方には理解し難いのでは?とも。
   それは凄くこの回が日本の原点的な形にも見えたもので」
 鎌「難しいかもねえ」
 倉「誰かと添い遂げる喜びよりも、添い遂げられない事を恋愛だと
   信じているよな、日本人的な観念を感じたからかもしれません。
   アンケートを取ってみたいです。あなたにとって恋愛とは
   どちらの印象を指すものですか?と。
   幸せで喜び溢れるモノか、切なく哀しいモノか。
   僕は日本では今でも後者が多い様に思えます」
 
 
 鎌「俺はこのドラマ、若い男女の恋愛のストーリーが軸として
   あって、須藤理彩の台詞があって、両軸で活きている話だと
   思うんだよね」
 倉「そうですね」
 鎌「『男はつらいよ』では、第一作目で妹のさくらが自分の会社の
   社長の息子と見合いをして。その見合いの席に寅さんが
   出席しちゃった事でメチャクチャになるんだよ。
   それで破談になるという(笑)」
 倉「(爆笑) サイアクだ(笑)」
 鎌「で、実は隣の印刷屋で働いていたヒロシが、昔からほのかな想いを
   さくらに抱き続けていて。まさに苦学生の彼のように、もどかしく
   自分の想いを伝えられなくて。それを寅さんに励まされて
   ようやく自分の気持ちを伝えられるんだよね勇気を出して。
   第一作目でも、情けない男と、それを奮い立たせるトリックスター
   のような人物(寅さん)が一人いて。そしてさくらとヒロシは
   めでたく結婚するんだよね」
 倉「そうでしたね。一体、寅さんは神なのか、悪魔なのか(笑)」
 鎌「苦学生の彼も、この経験からもっと素晴らしい恋愛に
   その内に巡り会えるかもしれない。そうあって欲しい。
   人生とはそういうものであって欲しいと思う。
   亀並みの遅さでいいから、徐々にでも良くなっていくものだと」
 
 
 倉「それでは今回のシメを」
 鎌「正確には4回、俺はこの回を観たんだけど、やはりこの回は
   ダントツに好きな回!僅差で第二話『猫まんま』が2番!」
 倉「僕は1番が『猫まんま』です。これは3番くらい」
 鎌「いやあ、ホントね俺も42になったんだから、俺も大好きな
   『男はつらいよ』やこのドラマを反面教師として、
   自分を乗り越えるような恋愛や人生を送りたいと、
   切に! 切に! 想いながら、皆さん、さようなら!」
 倉「(笑) わかりました! じゃ僕は応援だけします!」
 鎌「(爆笑) アハハハハ!ありがとうございます!」
 倉「そして僕はこのままで行きます!独りで生きますっ!(笑)」
 一同「(爆笑)」
 
 

shinya007_04

 
 
 

第八話へつづく・・・





 
 
 
 

2010.10.11