続々々々々々々々・無縁坂の尋ね人

文・K.Mさん
構成・鎌田浩宮

人探しもする、
エプスタインズ。

国語塾講師
船橋(ふなはし)俊一
を探す。
連載、
9回目。

Hirokophoneさんの次に
投稿してくれた女性
K.Mさんが
また投稿してくれました。

読んでみたら
いいじゃないか。

 

 

 

 

また同志ができましたね。

お仲間の中では私が生徒として最年長ですね。

私は15歳の時に先生に出会いました。

その後25歳で結婚するまでは、何かしらの関わりがありましたが、それ以降は年賀状のやり取りだけでした。

今現在私は58歳なので、先生は70歳近くになられていますね。

今回のM.Nさんが一番新しい記憶をお持ちということになりますか?

ご家族で親交があったということで、その後の先生に繋がる何か情報をまた思いだしていただけるかもしれませんね。

期待してしまいます…。

私が城南学習指導協会・大橋教室で出会った頃の先生は、何かに心折れたような、時折遠くを見ているような、周囲の大人の人とは少し雰囲気が違うなぁ…なんて少女の目にも映っていました。

テスト用紙の脇に

「言葉の獲得って先生言うけど意味わかりません…」
「祈ればいいの?」
「人間ってやぱり一人ぼっちって絶望的…」etc。

なんて走り書きをした覚えがあります。問いかけしたかったのだと思います。

先生はそんな私にそっと八木重吉の詩集を手渡してくださったり、文芸誌の一部をコピーして、読んでごらんと渡してくださったり。
ご自分でも『雪崩』という同人誌を作っていて、何号かまでいただきました。

『分け入っても分け入って青い山』  山頭火の俳句を葉書きに書いて送ってくださいました。

本当に色々な意味で精神の核を作っていただきました。

今回のM.Nさんのメールで、先生ご自身が年齢を重ねられた事もあるかとは思いますが、生徒達との交わりの中に 正しい厳しさと温かさを感じます。

先生の奥深い眼差しを思い出しました。

鎌田さんがこうして発信してくださったからこそ、誰とも分かち合えなかった事柄を 私的には言葉として表すこともでき、共有しあえる喜びを感じています。

感謝です。

追伸

大学時代、仏語の家庭教師を私の自宅で先生がしてくださっていたので、実家の母も先生のことを良く存じ上げております。

80齢を過ぎた母はこう申します…

『無理やり人を探してはいけないよ。貴女の中に先生は生きているのだから。私は、貴女を産んだけれど、先生が貴女の心を育ててくれた、私はそう思っているから。』

お会いしたい気持ちと、求める気持ちの狭間みたいなものに、訳分からなくなるときあるんですよね…

今日は飲んで寝ます。

でも孤独な人間は、他者との思いの『共有』によって、力を得られると信じています。

本当に変なおばさんでごめんなさい。


2017.11.04