Cao no Cafeトリビュート小説 「天と地の彼方へ」 第3話

連載1の8 この動画はオススメ! — 僕のマリー/ ザ・ タイガース (お昼すぎラジオ第一で流れていた) http://t.co/8VHfrfx via @youtube

(編集部注:この曲は1967年2月5日に発売されたが、この年の4月29日にはじめと重昭は結婚している。ちなみに翌年7月28日に浩宮が生まれ、同じ年の10月3日にテレビ版の「男はつらいよ」が放送開始、翌年に映画化されたとゆー、ヒジョーに狭い意味で怒涛の年だった事が判る)

 

連載1の9 この動画はオススメ! — 浪花恋しぐれ(桂春団治) カラオケ 都 はるみ/岡 千秋 http://t.co/Hm6Axwi via @youtube

(編集部注:ちなみにはじめは浪花言葉、いわゆる関西弁が大嫌いなのだが、これは数ある重昭の愛人の1人が関西の女性だったからとゆーのが通説である)

 

連載1の10 (中完)この動画はオススメ! — 浪花しぐれ 桂春団治 中村美律子 Nakamura Mitsuko http://t.co/LmEMEYD via @youtube

 

連載1の11「お帰りなさい」と言うマリのタイミングの良さに、シゲルは音楽家として関心もしていたし、彼の副業としての婚活評論にも「活かせるかな」、とマンションの玄関でメモにもとってあっただ。

(編集部注:実在の重昭は音楽家ではなかったがカラオケが異様に得意であり、はじめと最初の別居をした際大阪にて「蘇我」という源氏名でバーにて歌を歌い、カセットテープが数十個売れた事もあったらしい。
はじめと2度目の離婚をした後はエスカレートし「カラオケの先生になる」と言って仕事を辞め働かなくなってしまった。
そんな父に反発し続けていた浩宮も、売れたCDの枚数や著しい労働意欲の欠如振りも含め、結果的には重昭と似たり寄ったりなオンガクジンセイを歩んでおり、三軒茶屋住民はすべからく世襲制なのかと恐れられている)

連載1の12清志郎と春団冶の共通点について哲学的に語りあったマリとシゲル。興味深い対話は白熱したが、結論に達することなく、二人が清志郎のライヴに出かけるその日がやってきた。

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連載1の13「いくぞマリ」ふたりは3階の階段をそろって降りる。群馬で買った青い車で初のドライブとなった。「あ雪が降ってる、白い雪」「おい、白くない雪ってありえないだろマリ何言ってだい・・けど、あれだなあ、予感がするなあ」

連載1の14「予感って何?城雪、あシゲル」「うん、夜に雪だろう、それに中古車・・ジョオジさんの事だ」「ジョオジさんってこの小説の作者?」「そう、清志郎さんのライヴに行くと言ったらきっと車が発車しない事にするんじゃあ」「こんな夜に君に乗れないなんって知ってかなあ清志郎さんの歌」

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連載1の15「明智さんだってこんな時間じゃ来てくれないし、なんってね」「大丈夫だよ、シゲル、おじさんは春団冶はともかく清志郎は知らないと思うわ、それに奄美は雪降らないって言うじゃない」「そーだなあ、おじさんの発想と構想はいつも僕の想像を超えているかならあ」

連載1の16「僕ってシゲル、今まで俺じゃなかったの」「いや、「俺」は風邪ッぴきの時だけさ、音楽的イメージからしても普段は「僕」。シゲルの作ったヒット曲「ふたり分のチケット」。マリがやって来てから、一枚が無駄になることはもうなくなった。3人分買うこともないのだ。

連載1の17青山通りは国道246号。上を首都高3号渋谷線が走る。清志郎のライヴへ行くのだ。♪運転手は君だ社長はあたしね」とマリが言った時、三茶を過ぎたあたり車はあの1Q84の青豆で有名なエッソ石油の看板に差しかかった。シゲルは父を思い出しヤナーチェクの『シンフォニエッタ』を聴く

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連載1の18「マリ、言っておくがな、あ、言っておくけどさあ清志郎さんは今では僕にとって神様なんだ、この前のようにオメーあ君さ、『キヨシロウお帰りなさい』なんて気安く言わないでおくれ。

連載1の19清志郎さんに『キヨシロウお帰りなさい』なんて気安く言わないでくれよマリ」「何よシゲル、あの間とタイミングこそが人をそして清志郎さんをも動かした音楽と芸の真髄じゃないtake a look」→http://www.youtube.com/watch?v=cp3T7chkDCs」

2011.03.16