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浪日記㉙ずっと、ウチのハナちゃん
写真/文・鎌田浩宮
漫画家・イラストレーターの松本英子。
彼女と友達になったのは、まだ漫画家になる前。
当時、彼女のあだ名は「ちんたを」で、僕は未だに彼女を「ちんちゃん」と呼んでいる。
そんなにしょっちゅう会うわけでもないんだが、大切な友達です。
彼女が「猫びより」という雑誌に連載していた、「ウチのハナちゃん」という漫画。
彼女の実家に住んでいる、ハナちゃんとアリくんとの日常を描いたもの。
近所の図書館がこの雑誌を置いていたおかげで、いつも最新号を読む事ができたんだった。
ハナちゃんと浪は、同じ猫でも、全然性格が違うんだあ。
浪は、よっぽどの事がない限り、シャーシャーはしない。
何したってまず、家でシャーシャーはしないしなあ。
でも、本気噛みしかできないところ、おんなじだあ。
ハナちゃんと浪は大体齢が同じくらいで、浪が先に旅立ってしまった時は、ちんちゃんが温かいメールをくれたりした。
僕はそのメールを読みながら、ハナちゃんも相当の齢なのに、ごめんね、と思ったものだった。
浪と僕を慮るという事は、いずれ来るハナちゃんの旅立ちと自分を翻って考えるという事だから。
「ずっと、ウチのハナちゃん」の発売を知って、すぐに予約した。
大体雑誌で既に読んでいるけれど、これは買いたいんだ。
しかし。
読み始めて、28ページで、挫折した。
この時点で、2度も号泣しちゃったのだ。
号泣というのは、しみじみ泣くのとは違う。
ハナちゃんを思い、浪を思い、肝の底から泣くんである。
まだ、100ページ近くもある。
無理だ。
甘い感傷で泣けるのならいいのだけれど、浪にあれもしてあげられなかった、こういう風にすればよかったのに、ごめんね、肝の押し入れの中に閉まっておいたごめんねの気持ちが、ぐいっと引っ張り出されるんである。
そして、ちんちゃんは今これを読み返して、どれだけまた涙が振り絞れ出されるんだろう。
浪が旅立ってしばらくして、親友が内田百閒の「ノラや」を貸してくれた事があった。
駄目だ。
電車の中で、涙が制御できなくなる。
百閒はどんなに辛いだろう、そう思いを偲ばせると同時に、浪に会いたくなって辛くなるのだ。
遂に、最後までは読めなかった。
28ページまでに描かれていたこと…ハナちゃんへ誕生日のデコレーションケーキ風に飾り付けたご飯をあげたらどうかと思案するところや、死期が近いワンちゃんがありがとうと表情で語るところ…。
僕は、お医者さんの言われた通りに、また、育児書に書かれていた通りに、ドライフードしか浪にあげていなかった。
猫用缶詰は、誕生日やクリスマスやお正月のおめでたい時だけ。
ケーキの飾りつけに使うホタテもシラスもアサリも、食べさせてあげた事がなかった。
それらが今、なんと悔やまれる事だろう。
それでも浪はあの時、あのワンちゃんの様に「ありがとう」をしてくれただろうか。
でも、28ページを越えると、スムーズに読み進めることが出来た。
その中には、「猫びより」連載時に、オンタイムで読んだものもあった。
ちんちゃんとハナとアリとお母さんとの交流を読んで、微笑んだりした。
時折、ハナちゃんが老いた、という話が出てくる。
その次回に、昔話へ話題が移ったりすると、当時も「ハナちゃんに、体調が悪くなったりだとか何かあって、今の事を描く事が困難で、昔話になっているんじゃないだろうか」と、心配したものだった。
でも、その次の回で、またハナちゃんが元気に過ごしている話が出てくると、心からほっとしたものだった。
僕の浪の場合は、大変だった。
東日本大震災で体調が悪化し、それから亡くなるまでの9か月間、嘔吐が続いた。
ハナちゃん、よかったね、苦しまずに老いを過ごすことができて。
読んでいて心から、ほっとしたものだった。
インターネットのどこかで、知らない人が銀行のATMに自分の猫を連れて行った写真を見かけた。
浪が元気だった頃、僕の肩に乗せて、三軒茶屋中を闊歩した。
三軒茶屋中の人に、自慢したかった。
三軒茶屋どころか、一緒に自転車で日比谷公園にも行った。
僕の浪はこんなに賢くって、怖いもの知らずで、堂々としていて、僕との意思の疎通が充分で、肩から降りずにいる。
すごいでしょ、偉いでしょ、頭がいいでしょ、人間の知能と一緒でしょ。
浪、今日は三菱銀行へ行こうよ。
そこで、写真を撮ろうよ。
ああ、なんて雄々しいんだろう。
浪、1歳。
浪の分まで、ハナちゃんに、長生きしてほしかった。
男より、女は長生きするものだし。
浪は病院に頼りっぱなしだったけれど、ハナちゃんは病院にも行かず、1週間食べなくっても、自分で治癒できる。
大した子だなあ。
偉い子だなあ。
感動しながら、ページをめくる。
そうか、ハナちゃんには、危篤というものがあったんだね。
浪はずっと体調が悪かったけれど、亡くなった日の朝は珍しく外に出たがったので、肩に乗せてゴミ捨てに行って、そのまま向かいのナチュラルローソンにまで行った。
ああ、今日は体調がいいのだな、と思った午後1時10分に、浪は急に遠吠えをして、ごろりと体が崩れ横になり、おしっこを漏らしながら旅立った。
一瞬の、ことだった。
危篤がなかったので、僕らには心の準備がなかった。
ちんちゃんはただでさえ辛いのに、旅立った時やお骨にする時の詳細を描き、連載を続けた。
当時、読者の人は驚いただろう。
悲しくって辛くって、執筆ができる状態じゃないだろう、と。
でも、僕も浪の時、すぐにこの浪日記を書き続けた。
それで慰められる訳でもなかったけれど、兎に角、書いた。
ちんちゃんが、それでも心配だった。
1度、あまりにもわざとらしいのだけれど、ちんちゃんの家のそばを偶然通ったふりをして、よかったら会わない?と連絡をした。
ちんちゃんは、断った。
漫画を読んで、やはりそうだった。
人に会うのが、嫌だったんだね。
僕は、余計な世話を、焼いてしまった。
ちんちゃんはその後、いわゆる神秘体験をして、立ち直るきっかけを見い出す。
「満喫せよ」
と、花々が歌うのを聴くのだ。
ちんちゃん、よかったね。
僕はね、そういう事、ちっともなかったよ。
1年経っても、まだ辛かった。
浪は、夢にも出てきてくれなかったしね。
辛いまんま、バンドを再開し、映画の撮影を開始したんだよ。
ちんちゃんは「猫びより」に最近、新連載を始めた。
それもすごい事だなあ、と感動した。
猫の事、まだ書き続けるんだね。
よそん家の子、野良の子、色々な子。
でもね、描くのが辛くなったら、休んだって、いいからね。
ずっと、君のハナちゃん。
ずっと、僕の浪くん。
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