第十四話「煮こごり」

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弁当屋で働く将司(清水優)は、以前、マスター(小林薫)のところで見かけたイクミ(伊藤歩)と、自分の店で再会、客の応対を助けてもらう。そのお礼にと、将司はイクミを食事に誘う。イクミの好物はマスターの出す「煮こごり」。イクミを好きになった将司は、その場で交際を申し込むが、彼氏がいるからとふられてしまう。残念がる将司だが、常連の小道(宇野祥平)から、イクミが風俗店で働いていることを聞き、ショックを受ける。定食屋の息子だった将司は、いつかは彼女と自分の店を開いてと将来を思い描きさえしたのだが。
(公式サイトより抜粋)

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語る男。語らない女。

弁当屋に入った新人の小言を言う将司。
倉田「将司、深夜食堂では珍しい男性キャラですよね」
鎌田「こういう若い子、沢山見てきたなあ。他人の批判は上手いけ
   ど、自分を変化させて相手に寄り添おうとはしない」
倉「ん~そう言われると僕もそんな奴なんじゃないかと…」
鎌「まあ、僕もそういう奴だったんだけどね」
倉「てか、将司がどうにも僕の親友のテルに見えて見えて(笑)」
鎌「あ、誰かに似てると思ったら、そうか(笑)」
倉「あ~小憎らしい!(笑)」
(※テルとは倉田の仲間で録音技師の方の愛称。本名は内緒)

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食堂に現われるイクミ。マスターから煮こごりが差し出され…。
倉「イクミ役の伊藤歩、大きくなりましたねえ」
鎌「僕は不勉強で、この俳優、あまり知らないんだよ」
倉「『スワロウテイル』の頃は少女だったのに。他ドラマでもイイ
  空気、というか目の座った演技をします。良い女優になった」
鎌「このドラマでも、目の座り方が印象的だと思ってた。素の顔がうまいね」
倉「煮こごりって飲み屋では珍しくないですか?煮こごりをご飯で
  食べるというのもやった事ないです。美味いんですか?」
鎌「僕ぁラーメンのスープはもちのろんのこと、出された料理の汁まで
  ご馳走と思って飲んじゃうから、煮こごりを頼むまでもない。
  だからわざわざ頼まないんよ…」
倉「しかし今回は食べ物のセレクトとストーリーのマッチングは
  いいなあと思いました。ま、溶ける前の、もっと煮こごってる
  心情の部分も多めに欲しくも感じましたけどね(笑)」
鎌「そう!そこ、重要」

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弁当屋に現われ、窮地を救うイクミ。
倉「そんなんされたら絶対惚れちゃうじゃないか!(笑)」
鎌「真の意味で育ちがいいんだね。満員電車で席を譲るのと同じ。
  なかなかできるもんじゃない」
倉「イクミは色々な職やってきているんでしょうね。飛び入りとか
  昭和的展開で今や有り得ないかもですが、こういうのちょっと
  嬉しいです。というか実生活でこんな奇跡、憧れます(笑)」
鎌「そうだね。ソープ嬢に行き着くまで、色んな職に就いて
  もまれてきたのかもしれないね」

昼間のお礼をイクミにする将司。そして…
倉「うわあ、マスターに偉そうな事ゆったよ、テルのくせに(笑)」
鎌「茶目っ気で言ってるんじゃなくて、半ば本気で言ってるように見える。
  感情移入しにくい子だ、ハハハ」
倉「あ!薫ちゃんが食堂来てる!やったね!」
鎌「全ての回の客が繋がって、輪になってる。素晴らしい構成だね」

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鎌「今回の物語は僕が第一期で最も好きな『タマゴサンド』の回と
  類似した、表裏一体のストーリーなんだけど、謙虚で口数の少
  ない『タマゴサンド』の主人公の青年と性格が真逆なところが
  あって、言わば僕の苦手な子」
倉「『タマゴサンド』の彼の様に無口な子も多いですけど、思った
  事をポンポン言って失敗しちゃう子も最近多いですよね。悪い
  子じゃないんだろうとは思うがフォローしづらい子というか」
鎌「そうそう。でも、そんな子にもいい所は沢山あるんだから、
  そこにもフォーカスを合わせた演出ができないかなあ」
倉「彼が後半挽回するにせよ、もう少し厚みが欲しいですね」
鎌「なかなか感情移入ができないよ、彼に」
倉「つうか、幾らなんでも早すぎですわ告白すんの(笑)」
鎌「そうなのよ。これって世間で実際にいたら『キモいヤツ』だ。
  情緒のない展開だなあ」

倉「でもイクミが“彼氏がいる”という表現で将司に返したのは
  偉いなと思えました。“彼氏さえ”なければ有り得ない事では
  無いよと伝えているようで…二度目に観たらそう感じました」
鎌「しかし、あのカメラマンは毎度やってくれるね…」
倉「鎌田さんのお気に入りで、大キライな奴ですね!(笑)」
鎌「でも、演技はどんどん良くなってるよ!」

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恋人よりも、幸せな、ふたり。

個室で佇むイクミ…
倉「この1stカット、もっとどうにかなりませんかね?」
鎌「煙草というありきたりな小道具を使うなら、僕だったら、
  客の忘れていった煙草に火をつけてみる、口にはつけない。
  そこで止めるかな」
倉「中途半端な画角だなと。イクミの現在が分かる最初のカットで、
  なんだかやっすい感で、情感足らなくて…。最後の個室を洗浄
  するカットが良かっただけに…惜しい…」

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イクミの事実を知り、ソープランドの前でうろうろする将司。
鎌「お。中に入ろうとしたら店員が出てきて逃げて行ったね。中に
  入って、何をしようとしたのかな?彼女と話をしようとしたの
  かな?買おうと思ったのかな?」
倉「本当かどうか確認しようとしてたと僕は思いましたが」
鎌「どっちか分からないぞ、と思わせるほどこの青年は不器用だよ
  ね。そこは強調していいと思う」
倉「真っ直ぐな癖に、壁には弱い。でもその後食堂で一人煮こごり
  を食べる将司は、少し好きですよ。彼の気持ちが透けていて」
鎌「そうだね。それでも煮こごりを食べ続けるの。いいね」

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イクミにふられた後日、食堂で楽しそうに食事するイクミと将司。
鎌「ここはねえ!もっと幸せそうな2人に描けなかったかなあ。不
  器用だけど、恋仲になれなかろうと、献身的と言っていいほど
  に懸命になって愉快にさせようとする将司と、彼に増して日々
  の辛さを忘れ、邪気なく微笑むイクミ、というような」
倉「そうですね。ここはあえてツーショットではなく、二人のカッ
  トバックで良かったかと。お互いが不器用に隠し合いつつ楽し
  そうにする表情がよく見えたら観客は辛くなったでしょうし」
鎌「そう。将司の方にカメラが向いたままなんだよね。ここの演出次第で、
  観客が2人をどれだけ応援したくなるかが変わってくるんだ
  と思うんだけどなあ。その人の過去が、現在がどうであれ、
  豊かな日々を送ることができるんだという真実がそこにはあるんだよ」
倉「多くの人間が色々隠しながら、知りながら、気を回しながら、
  人と向かい合っている世界ですからね。そういう事は切ないけ
  ど、それをするのが人の優しさのカタチだったりもしますし」

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結論は、瞬時に浮かばないことが、ある。

やがて朝になり、マスターと2人きりの将司。
鎌「本心は好きです、でも…と将司が言う。迷ってるならやめちゃ
  いな、イクミちゃんに失礼だ、とマスター」
倉「このマスターの言葉、いいですね。シリーズ通してマスターが
  職業で人を定めない思想が再び知れて」
鎌「でも結局、将司は諦めたまま実家に帰ることになるんだよね」
倉「将司は彼自身が思っているよりは幼いんでしょうね。確かに決
  断するにはイクミの職は重いものかもしれませんが。でも口
  でああだこうだ言えてる時点で幼いなと僕は思いましたね」

マスターにもうすぐ終わると告げるイクミ。
倉「親の借金で仕方なく身体を売っていたとはいえ、やはり心を
  壊す商売なんでしょうね。ただその状況を脱すれば元通り、
  ではないんですよね…良い空気出てます、伊藤歩ちゃん」
鎌「この『自分をチョウコクできるか』という人生の岐路を、
  諭さずに見守る深夜食堂」
倉「マスターの、何も変わらない態度に泣けます…」

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ソープランド内にて、部屋を掃除するイクミ。
鎌「このシーン、この回で最も秀逸だねえ。台詞は一切ない。
  でも、映像が語っているよ」
倉「ドリーのスピードが一瞬微妙でしたが、良い押さえ方でしたね。
  僕は第二シリーズで初めて、挿入歌が良い感じに思えました」
鎌「こういうシーンが多ければ多いほど、『深夜食堂』は自ずと構
  築されていくよね。それこそが、いい映画なんだから」
倉「最近の回は、こういう部分少なかったからかもしれませんね、
  印象が弱かったのは」
鎌「そうね。しかしさ、俺知らなかった。体を投げ出して自分を売
  った場所を、自分で掃除しなきゃいけないなんて。雑用係の男
  とかがするもんだと思ってた。この世界に疎いから、驚いたし
  哀しかった。この世のあまりある悲劇を見事に描いているよ」
倉「このシーンをこれだけ長回しした事、本当に評価したいです」
鎌「うん」

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倉「でも欲を言うと、もっとこのシーンの為にもそれまでのイクミ
  の描き方、もう少し丁寧でも良かったかもしれませんね。その
  前の独白のシーンに押し込めすぎたかな、と少し感じました」
鎌「例えば?」
倉「ベタですけど、前シーンで将司に“彼氏がいる”と言うイクミ
  を、軽くワンショットで抜いておいても良かったかも?とか」
鎌「なるほど」
倉「それは僕がこの話を将司の話というより、二人の話として捉え
  たからでしょうね。食堂でマスターに“元の自分に戻れるのか
  な?”と不安を呟くイクミに対し、従事しながらあの仕事に持
  っていた想いの片鱗みたいなものを、冒頭等でさっと一瞬でも
  匂わせておいたりすると、後々で効いてきたりってドラマでは
  よくありませんか?確かにベタではあるんですが」
鎌「あるね。そのカットが気になって、心を注視しようとするかも」
倉「二人のドラマにして、一人ずつを単体で描いているようで、
  もう一人の部分もかすかに匂わせる。上手くいくと結構情感や
  深みは増すとも思います。ま、彼氏という意味合いを最初は隠
  す意図からさらりと流したんでしょうけど。そういうのは深夜
  食堂のような尺ではあまり効果的ではないと僕は思います」

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煮こごりが、溶ける時、ついに。

深夜食堂へ、別れの挨拶に訪れる将司。
鎌「お。マスター、男にもビールを注いでる…珍しい!迷ったまま
  恋を終えようとする将司だけど、しっかりと好感を持っている
  んだね。嬉しいなあ、男だなあ」
倉「僕はちゃんとマスターに挨拶に来た将司、偉いなと思いました。
  ま、イクミへの想いも加味されてるでしょうが。そして幾らで
  も飲んでけというマスター、やっぱり素敵です」

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同時に、借金を全て返済した報告に訪れたイクミ。
鎌「お祝いして、ってマスターに言う時、イクミが微笑まずに泣く
  という演出は考えなかったかな?確かにイクミはソープラン
  ドの中にいる以外、ほぼいつも静かに笑みを浮かべているんだ
  よね。悲劇的な現状を微笑をもって生きる、そこが独特の演出
  なんだけど、その意図が十分に画面に出ていないとも思える」
倉「現在の演出も、イクミの強さや従事していた人間だけが持つ骨
  太さみたいなものがあるとすればアリなんでしょうが、鎌田さ
  んが言うように、いつも微笑を湛えているイクミならば、僕だ
  ったら、ここで逆に今まで見せなかったくらいの満面の笑みを
  浮かべてみせて欲しいです」
鎌「逆に?」
倉「そして、ちょっと気持ちが緩んで、満面の笑みの中に、うっす
  ら見えるか見えないかくらい、瞳に涙があってくれたらとか。
  それならば美しいシーンになるのではないかとも想ったり。
  現状と鎌田さん案の折衷案ぽいですが、多分僕ならそうします。
  最後に告白する将司の背中さえ、それなら強く押せそうで(笑)」

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僕の田舎に遊びに来て、と将司。うなずくイクミ。
鎌「ここで初めて煮こごりの溶けるカットが入る。2人の仲が溶け
  て、ひも解けた瞬間。それを映像のみで表現するというのは映
  画的で好き」
倉「このカットで、今回の料理とストーリーが合致できましたね」
鎌「だから、前半・中盤にもこのカット、しかも煮こごりが溶けて
  いないカットを2回ほど入れて、2人の距離を表してほしかっ
  たと思うんだけどどう思う?」
倉「そうですね。前のどこかのシーンで一回は溶けてない煮こごり
  の押さえは欲しかったかもしれませんね。それも“匂わせ”で
  すね。後は煮こごりっていうものが誰でもが分かりやすい代物
  じゃない事も考えて、必要かもしれませんね」
鎌「やっぱ欲しいよね」

倉「残念なのは、イクミが煮こごりが好きな理由があまり見えなか
  った事。親の借金でソープで働いてましたが、酒飲みの親が好
  きそうな食べ物だなと想ってました。どうなんでしょうね?」
鎌「今回は、彼女が煮こごりを好きなんじゃなくて、マスターからの
  言葉に出さない応援の象徴として、サービスの煮こごりなんじゃないかな?」
倉「あと、煮こごりが溶ける後の、暖簾で顔が写っていないマスタ
  ーのカットも僕は素敵に思いました。そしてラストの絵ハガキ。
  物凄く救われた気分になれました。ベタですけど」
鎌「あのカット映画的で大好きです」

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溶け合うタイミング

鎌「この回のテーマは『タイミング』なんだけど、裏テーマとして
  は『結論を急がない』というのがあると思うんだ」
倉「結論を急がない…」
鎌「混沌をひも解くには僕らの頭は不器用すぎて、今を生きること
  だけ考えればいい時がある」
倉「はい。分かります」
鎌「でも、もちろんそれではいけない時もあるのだけれど」
倉「そこの見極めが難しいです…」
鎌「第一期の『猫まんま』の回のように、ゆりかごのような車に乗
  り揺られながら、身を任せ微笑んでいる田畑智子演ずる歌手と
  二重写しになるんだなあ」
倉「『猫まんま』の彼女もタイミングに揺られましたよね。彼女自
  身がどう想って死んでいったかは分かりませんし、多分悔いを
  残しまくってはないでしょうけど、それでも観客は彼女は本当
  に幸せだったかは考えたと思います」

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鎌「うん、そうだね」
倉「タイミングとは本当に当事者にしか見えない、感じ得ないもの
  なんですよね。誰も教えてくれないし。困ったものです(笑)」
鎌「本当に、タイミングというのはあると思う。僕も、それが原因
  で恋が実らなかったことがあって…ああ、セイシュン…」
倉「僕もしょっちゅうです。タイミング悪い男と呼ばれます(泣)」
鎌「僕らがやっている音楽や映画もそうです。才能や運だけではど
  うしようもないこと、あります。信じたくないけど、事実だと
  思います」
倉「はい…」
鎌「そして、タイミングをつかむのも、自分で引き寄せられる場合
  もあるし、引き寄せられないものだってあると思う」
倉「それを知るのは本当に辛い事です。歳を取る度実感します」
鎌「そうだね。で、この2人がその後夫婦になって、タイミングの
  かけ違いで、昔ソープ嬢だったことをなじり、喧嘩になること
  がないとも断言できない」

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倉「うわあ…イヤだなあ…なって欲しくないですよ…」
鎌「でも、結論を急ぐことなく、時の流れに身を任せて、焦らず歩
  いていくんだね」
倉「二人にそう感じるという事ですか?皆がそうあるべきと?」
鎌「そうだね」
倉「なら良かったです」
鎌「僕も今、将来のヴィジョンってないんだ。次の仕事はどうする
  の?ってよく聞かれるんだけど、今は考えなくていい時期なん
  だと思う。浪を懸命に看病するだけ。浪が大往生した後に、
  どんなタイミングが待っているか分からないんだものね…」
倉「しかしタイミングとは人を大きく左右する、本当に重要なもの
  なのに、それを座しては待てないのが人間ですよね。焦る事な
  く、でも常に用意はしてて、タイミングを待ちたいものです」
鎌「煮こごりって、難しい料理じゃないけど、時間のかかる料理だよね。
  汁が固まるタイミングを見守るんだね、じっと、ね…」

第十五話につづく・・・



2011.11.18