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浪日記⑳ 撮影・庫田久露武/文・鎌田浩宮
12月2日に浪が息を引き取って、20日以上が経ちました。
最近は少し良くなりましたが、不眠症がひどくなりました。
ただ、以前のように、浪が突然夜中に嘔吐することはないので、その分はぐっすり眠れているんだと思います。
眠れても、嫌な夢ばかり見ていました。
深層心理とは困ったもので、浪との死別がつらくてたまらないのに、今年の3月末に無理矢理辞めたクソ会社の夢ばかり見るんです。
浪がいなくなって、沢山の人が電話やメールで、中には直接会いに来てくれて、慰めてもらいました。
ただ、その中に、ごく僅かの人ですが、早く働け、という人がいました。
勿論その人びとに悪気はなく、早く悲しみを忘れるために言ってくれているのは解ります。
また、その人々は、僕が浪の生前、断酒をし、外出もせず、夜も寝ずに24時間看病をし、疲労しきっていたことなど知る由もないでしょうから。
その助言のせいで嫌な夢ばかり見るようになった、とは思いたくないんですが…。
僕は、逆に、悲しみを忘れたくないんです。
今は悲しむだけ悲しんで過ごしたいんです。
この時期というのは、浪のあらゆることを、記憶に刻み込む時期だと思うからです。
というのも、浪の最期の絶叫の声の印象が強かったせいか、僕はなんと、浪の普段の声を思い出せなくなってしまったんです。
これには僕も驚き、嘆きました。
浪の手触りを、温もりを、仕草を、何もかもを、今この時に心に刻み込まないと、次に進めないんです。
第一、馬鹿じゃないんだから、金が底をつけば、働くに決まっているじゃないですか。
自分がこうなって、あらためてこの度の震災で、辛い目に遭い、疲労と苦しみ、悲しみの極限にいる被災者の人々が、悪気のない「頑張ろう」というスローガンに苦しめられているだろうなと感じました。
疲労困憊し、心労の極みにあり、頑張りたくても頑張れないから、布団にうずくまり、泣くことしかできないんです。
幸い、僕の友達は、生前の看病を知っている人が殆どでしたから、僕に頑張ろうと言う人はいませんでした。
12月2日以降、1番苦しかったのは、生前ああしておけばよかった、という類の後悔に襲われることでした。
友達の殆どが、浪はこんなにも僕に愛されて、介護され、幸せだったはずだよ、と言ってくれました。
でも、僕は、謙遜でもおごりでもなく、そのようには思えないのです。
最期の数か月は、断酒、外出できない、寝不足、いつ浪の発作が起こるか判らないという緊張感で、僕のストレスも限界に来ていました。
そこで近くに住んでいる母が、日曜は交替で看病に来てくれたんですが、母はかなりのドランカーなため、昼でも飲酒してやって来るんですね。
そういったこともあり、浪の目の前で、母へ八つ当たりに近いような言い争いを、何度かしてしまいました。
浪はそれをどんな気持ちで聞いていただろう、それが寿命を縮めさえしなかったか、と思うと、涙が止まらなかったんです。
友達が何人も、浪はそんな後悔など望んでないよ、浪が望んでいるのは、残された者の幸せだよ、と言ってくれました。
浪は、どんな風にさようならを云ったらいいのかずうっと考えていて、自分は大丈夫だよ、と、いつもありがとう、と。会えなくなってもいつも一緒にいるからね、と、伝えたいことが一杯あって、立ち去りがたくて…と言ってくれた人もいました。
天寿をまっとうした、おぉ、よくやった!と言ってくれた人もいました。
17歳半、最期はほぼ苦しまずに旅立ってくれたんだから、その通りなんですよね。
無垢な子供が、何があっても親を信じてついていく、それに親は全力で応える、そうして親子は信頼し合って生きていくんです。
僕の友達には、そうしたシングルマザーや、1人で子育てをしたお父さんがいます。
その友達が、ふとした時に子供に当たってしまっても、それを僕は決して責めないだろう。
だから、親であった僕は、浪に謝り続けることで生きていこうと思います。
今朝は、学校の教室で、大好きなRCサクセションの「トランジスタラジオ」を皆で歌っている夢で目覚めました。
さすがに最近は、浪も夢を手加減してくれているようです。
本当は、浪本人が、夢の中に出てきてほしいんですけどね。
今年最愛のペットを亡くした友達が、今は、それまで以上に一緒にいる感じが強いと言っていました。
僕も、早くそうなれたらいいな、と渇望しています。
早く浪を、昔のように肩に乗せて、世田谷通りを散歩したいんです。
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