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- 2014.04.21:第16便「古き佳き仙台市役所」
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- 2012.02.14:第13便「東京都庁のトイレの落書き」
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- 2011.08.19:第10便「東京駅の、トイレの、落書き。」後編
- 2011.08.12:第9便「東京駅の、トイレの、落書き。」前編
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- 2023.03.04:[Radio] walkin’ to the beat everlasting⑥
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スピンオフ企画「カメラ=万年筆⑨ 完全な大学」
ひっさびさに、行ぐよ!
キトクな被写体、逃さない。
看板。
左、予備校。
右、大学。
経営母体、おんなじ。
大学もやってる、予備校って。
酒屋がやってる立ち飲み屋、とは違うと思う。
牧場がやってるステーキ屋、とは違うと思う。
畑を持ってるカフェめし屋、とは違うと思う。
どっちかっつーと、
電力会社が送電線を独占している、とか
原発の電気しか買えない消費者、とか
プールの授業を拒絶できない子供、とか
の方がニュアンスが近いと思う。
システムは阿片で、抜け出すのが億劫になる。
変化は恐怖ではなく、快楽なのに。
なあんて、かく言う僕も、
予備校、通ってました。
お金、なかったので、
学びたい科目だけをコマで買って通ってました。
当時、僕よりも頭のいい浪人生は
駿台予備校に通ってました。
その中の1人が、
英語の奥井先生の授業は感動的だぞすごいぞ、
と言っていました。
そしたらなななんと、
僕が入学した大学の、
英米文学科の教授でもあるではないか。
(今もいっぱいいるのかなあ、
当時は高校や大学の先生、
アルバイトで予備校で教えてたんだよなあ。
当時はなんだかなあと思ったものだが)
潜って講義を受けたら、
本当に感動的だぞすごいぞ、でした。
僕は哲学科なのに、奥井先生に許可をいただき、
単位にならない奥井先生の講義を受けることになりました。
講義の導入は、ディケンズとチャップリンだったか。
情けない、もうよく覚えていない。
感動的ですごいことだけ、よく覚えている。
奥井先生は、予備校と大学の垣根という、
システムを無視し突破した「個人」だと思う。
それは、元々予備校と大学が手を組んでいるのとは違う話。
まさかと思い調べていたら、
去年お亡くなりになっていた。
ああ、もう1度講義を受けたい。
ご冥福をお祈りいたします。
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