キャマダの、ジデン。㉘駒沢中学校

著・鎌田浩宮

そんな大木先生との
小5、小6の2年間を経て
東京都世田谷区立駒沢中学校に入学。
駒沢オリンピック公園も、近いですよ。

駒中っつーのはですね、
なんだかほんわかしてたんよ。

若い先生たちが、
放課後になると保健室に集まって
サイフォンでコーフィー沸かして、
皆で楽しそうに飲んでるの。

なんかね、仲良しなの。
朗らかに笑ってお喋りしてるの。
「先生飲まして!」
っつーと、子供はダメーって言われるの。

学校の中には
タンチ山
とゆー小さな山まであって
そこで遊んだり、
課外授業クラブで
しいたけ育てたり。

学校に山があって、しいたけ、
だよ!
すごいでしょ?

今じゃ、
育てらんないだろうなあ。
放射能、
危ないもんなあ。

さて、そのタンチ山では僕なんかも、
友達と集まって
順番にヒット曲を歌ったりして。

今の子たちが
カラオケボックス行きたがるの、
分かるなあ。
僕ら、山で無伴奏、だもん。

中学校になると、
全ての教科を、
専科の先生が教えるようになるでしょ?

音楽の先生が
伊藤睦子先生っていってね、
おかっぱで、
すんごく体格のいい、
あ、も少し言うと
ぷっくりとした、
ドスが効いた声の、
迫力ある30代の女性でね。

ほら、
中学生っていうと
体格も大人並みになってきて
やんちゃになってくるでしょ。
だから、
女の先生も
なめられないようにしないと
いかんでしょ。

だから、素敵な女性らしさは隠してね、
男勝りで行くんです。

そんな睦子先生、
音楽の授業の第一発目でね、
僕の心、鷲掴みでした。

先生の一方的な趣味と知識で買い揃えた
高そうなオーディオセット。
アンプ、レコードプレイヤー、カセットデッキ、スピーカー、
全部、メーカーが違うの。

そこから大音量で流し始めたのは
いかにも的なクラシック、ではなく
パーカションと声だけの
強烈なリズムのアフリカ原住民の民族音楽。

その圧倒的な迫力。
音楽の持つ、根源的な力。
僕、もう、
立ち上がって踊りだしちゃってね。

ああ、いい先生と出逢えたな、
中学生になって、よかった。

その睦子先生、
放課後、保健室へコーフィー呑みに行く時、
僕が、呼び止めたの。
「先生!トレーナーが裏っ返しになってるよ!」
先生、微笑みで返したね。
「これ、青山の流行りだよ!」

そう、
昔も今もファッションの発信地・青山。
なぜかこの頃、
トレーナーを裏返しに着るのが
ワカモノの間で、流行っていたのだ。

そして次の日。
睦子先生、僕を見て、怪訝そう。
「鎌田、なんで制服、逆に着てるんだ?」
僕の、満面の笑顔。
「先生!青山の流行り!」

この時の2人の笑みは、
ニホン戦後教育史に
燦然と輝く笑みだったのである!

でも、次第に、
当時大問題となった
校内暴力の波が
押し寄せてくるんだわ…。

この項、続く!


2013.04.05