第十五話「缶詰」

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大学の映画サークルで、自主映画を製作しているゲンキ(森岡龍)とユウキ(前野朋哉)。八王子の鑓水峠でロケハンの最中、史跡らしきところに積まれていた「パイナップル」の缶詰を失敬し、マスター(小林薫)のところに持ち込んだ。どこか不気味なところもあるものの、マスターにパイナップルの入った酢豚を作ってもらい、それをきっかけで、彼らは店に来ていた菊乃(早織)と知り合う。二人は暗くて寂しそうで、しかし綺麗な菊乃を、自分たちの映画のヒロインにと御願いするのだが…。菊乃は撮影の日に現れず、ゲンキとユウキは、柚木(史朗)という初老の男から、鑓水峠が心霊スポットで、かつて殺人事件があったと教えられる。(公式サイトより抜粋)

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缶詰につめられた想い

鎌田「事前に言っておくと、今回、視聴者の感想を調べてみたところ
   かなり厳しい意見が多くございまして」
倉田「やはりですか…」
鎌「“深夜食堂の世界観を壊してしまっている”という意見がすご
  く多いんだね。これだけ批判が多いと、さあ逆に何を語ろうか
  と迷ってるんですが」
倉「そうですね。ちょうどシリーズ中盤なので、この辺でちょっと
  雰囲気を変えてみようという意向だったのでしょうね。でも
  成功していたようには僕にも思えませんでした」

鎌「今回の演出は僕が1番好きな『タマゴサンド』の回の山下敦弘。
  もう、期待で胸の鼓動とかいろんな所が高まっちゃう」
倉「僕は山下監督の長編作品は『リンダリンダリンダ』くらいしか
  観ていないんですが、鎌田さんは観られています?」
鎌「観てないです。不勉強です」
倉「『タマゴサンド』も『リンダ~』にも共通するのは俳優の自然
  さや飾らない演出が巧い人なんだろうなという点でしょうか」

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森の中をロケハンしていくゲンキとユウキ
鎌「今回は大学の映研の話でしょ」
倉「そうですね。この辺も意外なセレクトですよね深夜食堂では」
鎌「僕も、このエプスタインズの『玉音ちゃんradio』に時々登場
  する大友太郎と学生時代に自主映画を撮っていたから、微笑ま
  しく観てました。わあ、この子たち、ちゃんとロケハンやるん
  だあって」
倉「え?ロケハンしなくて撮ってたんですか!?」
鎌「うん。大友はひどかったよお。全部大学の校内で撮っちゃうん
  だもん」
倉「え?全部?例えばどんなシーンなどを?」

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鎌「戦争のシーンなんだけどね、なぜか校内に野球場ほどの空き地
  があるのよ。そこに数十人がかりの人海戦術で、がれきを拾っ
  てきてぶちまけて、廃木をガンガン燃やして。文句を言わない
  学校側もどうかと思うんだけど(笑)阿呆みたいに迫力のある絵
  が撮れて、皆で『製作費100億!』とか爆笑しながらラッシュ
  を観て」
倉「それは…学生にして凄まじい撮影です。環境もイイですね(笑)」
鎌「あと、この子たちもそうだけど、俳優選びは大変なんだよね。
  大学生って20代前半だから人脈もないし」
倉「そうでしたね。僕も色々駆けずり回った記憶あります」
鎌「だけど、それを差し引いても大友の女優選びは全くセンスがな
  くて、俺達スタッフ間でも大ブーイング、毎度こき下ろしてた。
  映研の人間を使うのはありがちなんだけど、自分の恋人とかを
  主役級に使っちゃうんだ。あとは妹の友達とか、自分が通って
  いる教会の子とか」

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倉「恋人を使うという事は僕の周りでもなかったですね(笑)」
鎌「それでも何とか、ぴあフィルムフェスティバルのグランプリの
  ノミネートまで残ったんだ。で、結果発表のイヴェントで、司
  会の今関あきよしさんと大友が壇上に立って『あなたの作品は
  キリスト教的なものが感じられるのですが』って大友に尋ねた
  のね」
倉「すごい講評ですね」
鎌「で、よ~く見るとあいつ、こんなフォーマルな場なのに、『経
  堂北教会』って書いてあるトレーナー着てるんだよ、俺達スタ
  ッフ全員、客席で卒倒しちゃって(笑)。もう、今関さんが質問
  するまでもないという」
倉「(笑)」
鎌「この瞬間グランプリをきっぱりと諦められました!あ、大友君
  もしこれ読んでたら、気分を害さないでね。僕、あの頃の事は
  全て宝物だよ!」

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鎌「なんだかこれだけ自主映画のことについて書いてたら、今回の
  深夜食堂も、そちら側にもう少しシフトした話にしてもよかっ
  たのかな?って思えなくもないかな。あの大学生の描き方が、
  ちょっと雑なんだよね。だから話全体が薄くなっちゃう」
倉「今回は三つの目線の構成でした。ゲンキ&ユウキの目線。
  菊野の目線。そして過去の事件の目線。多分、自主映画の中の
  出来事なのか、現実なのか、殺された女性の亡霊なのかなどを
  観客に惑わせる手法だったのかもしれませんが、ちょっと上手
  く機能してませんでしたね。尺が厳しかったかもしれません」
鎌「うん。でも作り手は、尺のせいにしちゃいかんもんね」
倉「だから鎌田さん言うように、いっそ自主映画を作る学生の方を
  濃い目にするなどもありだったかもしれません。それか菊野
  をより中心に据えるとか。それかやはりこの手の話を原作か
  らは選ばないとか(笑)」
鎌「そうなのよ。ところで、今回のヒロイン役、『帰ってきた時効
  警察』で隠れた人気を誇ってた、マカデ君役の早織なんだよ」
倉「そうなんですか。僕はケータイ刑事のイメージがありました」
鎌「印象が変わってて、びっくりしちゃった。調べたら23歳なん
  だね、彼女。自主映画に担がれる年齢だ。自主映画出身の俳優さん、
  もっと出てこないかなあ!」」

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自己を乗り越えるための何か

橋の下へ飛び降り、自殺しようとする菊乃。
倉「今回は褒められる部分は少ないのですが、このシーンの絵は
  非常に美しかったと思います。それはシーンとしてというより
  単体の絵としての意味ですが。深夜食堂にはない画調を観たか
  らかもしれません」
鎌「昔の日本の怪談が、他の国の怖い話と違うのは、『もののあは
  れ』とでも言うのかな、情緒があるんだよね。お岩さんの話1
  つとっても怖いだけじゃなくって哀しみや人情や愛情がある」
倉「そうですね。怖さの中に必ず情が混ざっていますよね」
鎌「でね、その固有の『情緒』を意識したのか、このシーンを始め
  として、ヒグラシの音をひどく大きめに挿入してるんだけど、
  うっとうしかったです…。SEをあんなに慎重に扱う深夜食堂が、
  今回はどうしちゃったのかなと思ったよ」

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倉「ホラー的な雰囲気付加というのもあったんでしょうが、自主映
  画のわざとらしさという部分も考慮されていたのかもしれま
  せん。全体的に観客が掴みにくい不思議なカット挿入などが序
  盤からあり、どれが現実でどれが映画内かを掴ませないように
  もしていましたから」
鎌「かもしれない。確かに、すでに出来上がった劇伴(もうサント
  ラとは言いたくないね)が、あまりにわざとらしいホラー映画
  っぽいものだったから、他に足す音がなかったのかも知れない
  けど、そこは引き算で行かないと。このSEと音楽のあるなし
  で、だいぶ深夜食堂ファンの印象は変わっただろうね」
倉「何を意図してそうしていたか、ですね」

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ボランティアの旅から深夜食堂へ帰ってきた菊乃。
鎌「ここで、自分が過去の恋愛から立ち直った理由に、被災地のボ
  ランティアを挙げてるね」
倉「僕は唯一、そのネタに触れた点は評価したいです。ドラマとし
  て正解かどうかはなんとも言えませんが」
鎌「ここは、ナーバスな話題を敢えてストーリーに取り入れたこと
  は、勇気にさえ値することだとは思うけど、受け手である視聴
  者の方が、まだこの話題をどう咀嚼したらいいか分からない段
  階なんじゃないかなあ」
倉「そうかもしれません。唯一の現実の話でしたしね」
鎌「本当にボランティアをやって、自分の悩みなどちっぽけなもの
  だったと自分なら言えるかどうか、僕らには判らないんだよ。
  だって自分はボランティアには行っていないし、メディアから
  の情報も乏しくて、疑似体験もできていないんだもの」
倉「ボランティアを経験していないと判らない…」
鎌「うん。それに加えて、震災の事、ボランティアの事を考えると
  いう事は、自分自身の倫理観や道徳心を覗きこみ、自分自身を
  見つめるという深いところへいってしまうんだよね。だから、
  安易に『うん!理解できる』とか『いやあ、感情移入できない
  よ』とかが、その人のモラルを問われて、とても言いづらい。
  となるとね、視聴者があたかもボランティアの疑似体験を脳内
  に喚起しうるほどの描きこみがないと、震災を描くということ
  はまだ説得力を持てないんじゃないかなあ」

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倉「ある意味、この時期だからこそ、それを問いたかったのかもし
  れませんね。しかし今回の話に最適だったとはあまり感じ得ま
  せん。今年の震災を考えるに、今回の話で挿入すべきだったか
  は。できるなら真正面から扱って欲しかったと思います」
鎌「だから、平たく言っちゃうと、この程度の描き込みだと、
  『震災と恋愛を同じ天びんにかけること自体がおかしい!』な
  んて怒る人さえいるかも知れない」
倉「今年ならば特にそういう方もみえるでしょうね」
鎌「実際僕の親友がね、離婚して子供を相手に取られて、ひどく落
  胆しつつも東北へボランティアに行ってきたんだけど、子供の
  いない苦しみは癒えていないんじゃないかなあ」
倉「多分、自分というものを見直す、ちっぽけなものと知る、全然
  違う世界に行き、体験して、自己を乗り越えるという意図があ
  の場面では必要であったと思いますが、震災があった今年に、
  ボランティアでそういう事を成し遂げるという方向は、ちょっ
  とストレートには捉えづらいものでしょうね」

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鎌「今回は、即座に批判してもよかったんだけど、敢えて震災を盛り
  込んだ勇気は評価したいです。それと、日本の怪談はいい話が
  多いし、いい映画も多いので、そこも踏襲した内容であればよ
  かったのにと思います」
倉「そうですね。ある意味実験的に精力的に色々盛り込んだ点はわ
  かりますが、纏め切れていない上に、情緒も生み出せなかっ
  た。そしてボランティアネタでは違うモヤモヤも与えた。シリ
  ーズを抜きにしても、もう少し落ち着いて構成や演出、視聴者
  の存在は考えるべきだったでしょうね」
鎌「そう言えば何度も例に挙げてるTBS傑作ドラマ『ムー』には
  『お化けのロック』って挿入歌があったね、♪おいらに何がで
  きる 見守る他に ってね。いいフレーズ。ハハハ…」
倉「すいません、知りません(笑)」

                        第十六話へ続く・・・



2011.11.25