第十七話「白菜漬け」

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常連客の月子(市川実和子)はテレビドラマのシナリオライター。独身で猫と暮らす月子は、今日も一人でマスター(小林薫)の店へとやってきた。月子は先日、乗ったタクシーの運転手・武(螢雪次朗)に、マスターからもらった「白菜漬け」をあげたと話す。武は宮城県出身で、故郷の味が忘れられないらしかったのだが…。ある日月子は、自分を育ててくれた敏腕プロデューサー・野瀬(田中哲司)との不倫愛を週刊誌に取り上げられ、窮地に陥る。絶望的な気持ちになる月子だったが。
(公式サイトより抜粋)

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深夜食堂。今宵も、孤独な者が集いだす。

深夜食堂に現われるシナリオライターの月子。
倉田「僕は市川実和子さん、なんか昔から好きなんですよね」
鎌田「僕らの大好きな『すいか』というテレビドラマに市川実日子が
出てたね。あのドラマは近年数あるドラマの中でも、断トツに
素晴らしかった、美しかった…。今日はそのお姉さん」
倉「そうですね。『すいか』は未だに輝いていますね僕の中でも」
鎌「どちらも演技が上手いんだなあ。女性からも人気があるんじゃな
いかしら」
倉「元々、姉妹二人ともモデル出身ですからね」
鎌「ブスなのに可愛い。お姉さん、ヨーダ顔」
倉「僕は実和子さんは濱マイクシリーズのみるくちゃんイメージが
残っていますね。なんとも彼女の佇まいや視線が好きなんです」
鎌「お。今回も、サヤ(平田薫)、出てる。嬉しいねえ!」
倉「やったね!薫ちゃん!」
鎌「サヤはもう、唐揚げを注文しないんだね。それだけ彼女の心に
大きなゆとりができたんだよ。素晴らしいじゃないか!」
倉「でもツナマヨ丼とか頼んでましたよ。深夜に重くないか?(笑)」

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形だけ借りた演出。

深夜、タクシーに乗り、運転手と白菜漬けを語らう月子。
鎌「このシーン、ライトを当てず、顔が暗くていいね。映画らしくて
いいよ」
倉「今回は不倫がモチーフとなっていますが、このタクシー内、運転
手とのやり取りに、この話の、月子の理由が隠されていたと思い
ます。その話は後ほど」

絡み合う女と男の手のアップ。
鎌「手だけで2人を現そうとする演出、分かるよ。ちょっとありがち
だけど。大きめに愛撫の口づけ音を入れてるのも好感が持てる」
倉「分かります。でもそれで終わっています。なんでしょう?所謂こ
ういう古典的演出をする方が最近いますが“形”なんですよね。
なんの情感も湧かない。そういう行為をしています、だけの演出
ならばこういう演出は何の効果も生まないのに。情報量が見たま
んまの分量なんです。隠した表現のはずなのに増えていない」
鎌「的確な意見だね。あと、劇伴の甘ったるいジャズがどうしようも
ないね。ぶち壊してる。あまりにステレオタイプ。
佐藤公彦駄目だな。作曲家失格」
倉「それについては多分こういったシリーズ作品の場合、様々な曲を
作曲家から貰い受け、そこから監督が選曲しているかと思われま
す。今回がどうかは分かりませんが。僕は監督責任だと思います」
鎌「その通りだね」

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浪は、焼きもち、焼かなかったんだよ。

逢瀬の後、猫・メル坊が待つ自宅に帰る月子。
鎌「うちの猫の浪はね、どんなに遅く帰宅しても、怒ることがなかっ
たんだなあ。焼きもちを焼くということが一切ない子だったよ」
倉「僕は猫を飼った事がないので分かりませんが、犬でもシマリス
でも焼きもち焼きましたよ、経験的には」
鎌「うちの浪は最期まで、本当に偉い子だった。僕、旅が好きだから
1週間ほど母に預かってもらって、帰宅するとね、その時だけは、
ちょっとよそよそしいの」
倉「可愛い…浪ちゃん…」
鎌「そのよそよそしさも、奥ゆかしさがあってね。猫ってね、本当に
皆性格が違うよ」
倉「人間心理をよく読むとも言いますしね。面白いですね猫は」

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不倫という手垢のついた素材を、どう皿に盛るか。

月子とプロデューサー野瀬の不倫報道が吹き荒れ…
鎌「今回のテーマは不倫か…。前回の対談でも喋ったけどね、
僕は深夜食堂に、そういうものは求めてないんだなあ」
倉「う~ん…」
鎌「第一期の『猫まんま』の回や『タマゴサンド』に出てくるような
愚直なほどに、切なくなるほどに、一井の平凡な人々が、何かを
目指して歩んでいく純粋さに惚れ込んで、惚れ込みまくってこの
ドラマを大好きになったんだ」
倉「分かります」
鎌「不倫なんて、どのチャンネルをひねっても、どの週刊誌も見ても
へどが出るほど出てくる。不倫をテーマにしたドラマや映画だっ
て、観ても観ても次から次へと出てくる。なかには成瀬巳喜男の
ような名作を撮る人もいるけどね、僕は不倫というテーマに、『猫
まんま』や『タマゴサンド』で味あわせてもらえた感動は味わえ
ないと思ってるんだ」

倉「そういう意見ももっともだと思います。ですが反面、僕は第一期
で受け取った印象では不倫という題材やテーマ、いやどんなテー
マやどんな位置の人間を描くにあたっても深夜食堂ならば既存
ドラマとは異なる側面、情感を、感動を与えてくれるという期待
感と安心感を持てておりました」
鎌「そうそう!深夜食堂ならではの『レシピ』で味あわせてくれた」
倉「しかしその期待や安心という部分が今期、僕の中でも少しずつズ
レてきているのも確かです。多分に、一般的なドラマテイストや
大きな思惑が入り込んできている点が、ストイックさの低下が、
シリーズ印象を変えていっているのだと思っています」
鎌「そうなんだよ。だから今回の不倫という手垢にまみれたテーマも、
手垢にまみれたままのレシピでお皿に盛られちゃった」

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美しい人。美しい言葉。

深夜食堂に訪れ、白菜漬けを食べるプロデューサー・野瀬。
鎌「“その人の才能に惚れるってこと、あるじゃないですか”と野瀬
がマスターに言うね。僕だって人格者じゃないから、女と男の間
には様々な事があるのは解るよ。理屈だけで生きているわけじゃ
ない。でも、この言葉は美しい言葉には聞こえない」
倉「僕も男女の間に流れる川を理解しない訳ではないですが、この男
が言った言葉の内容よりも、食堂に来て言った事にこの男の裏が
見えてしまった気がして、共感はできませんでした」
鎌「僕は平凡な恋愛さえできればいいんだなあ、こんな言葉を美しい
と思う男にはなりたくないよ。野瀬はこの後も月子との仲を続けて
いこうとするよね。その言い訳にしか聞こえない」
倉「言い訳でしょうね。リアルに考えて野瀬はああいった場所に来る
タイプに思えないんです。月子が通っていた店に来て、ああいっ
た事を言うのは言い訳でしょう」
鎌「自分に言い聞かせ、不倫を続けていこうとするんだね」
倉「そして月子が野瀬を求めた理由と、野瀬が月子を求めた理由は全
然違うと僕は思っています。表面上は似た印象で始まったように
二人とも思っているでしょうが」
鎌「ほお?後でじっくり聞かせてね」

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なんでも仕事の材料にするんじゃなかったのか

目深帽をかぶり、ひっそりと深夜食堂に訪れる月子。
鎌「“作品で繋がってると、彼の奥さんや子供のことなんか、どうで
もよくなってきちゃって“と月子が言うね。やはりそうなるんだ
よ、どんな女でも、男と一線を越えると」
倉「そこですね。自分の作品を一番理解してくれているから、という
月子に放つここでのマスターの言葉に注目したいですね」
鎌「ここ、気になってたんだ。説明してちょ」
倉「“なんでも仕事の材料にするんじゃなかったのか?”という言葉。
これは今回のキーになるセリフだと思います。これがタクシー運
転手との対話内容に繋がっていると。本当はこの部分が今作のテ
ーマ、キーになるべきところだったと僕は思っているくらいです。
そうすれば鎌田さんも僕も大好きな『タマゴサンド』などに匹敵
する可能性は今回あったと思っています」

ねこ。犠牲の、象徴。

深夜食堂から飛び出し、バイクに轢かれる猫のメル坊。
鎌「メル坊は、自分と男のことしか考えていない月子の犠牲者だね。
猫を危険な玄関に、リードもつけずに放っておいている。猫は可
哀想だね、喋れないから。あれでメル坊が死んでいたら、月子と
野瀬はどうしたんだろうか?」
倉「今回のような結末ではなく、もっと良くない流れを生んだので
はないかと僕は想像します」
鎌「うちの浪は、当たり前だけど、死ぬ最期まで、喋れなかったよ。
ただ、言葉ではなく、色んなことを会話したけどね」
倉「作内でもマスターが言っていましたが、猫の方が大局が見えてい
て、伝えてくれるのかもしれませんね」
鎌「メル坊は野瀬の妻と子供でもあり、堕ちていく月子そのもの
でもあるんだね。まあ、そういう僕も浪にリードもつけずに肩に乗せ、
世田谷通りを散歩してたんだから偉そうな事は言えないけどね」
倉「メル坊はそうでしょうね。後、鎌田さんと浪ちゃんのは、信頼、
絆のなせる業です。メル坊と月子にその絆はなかったでしょう」
鎌「どうもありがとうね…僕は浪とどのくらい絆があったんだろうって、
毎日自問して、心で泣いているんだよ。自分に自信なんてないんだ…」

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震災。

タクシー内で話す、運転手・武と月子。二人は・・・
倉「僕はこの運転手の存在に注視していました」
鎌「そのはずなのよ。でも、効果的に描かれてない」
倉「二人が宮城県出身だった事がここで分かります。もっと言えば月
子はこれまで田舎の存在を表にあまり出してこなかった、距離が
あった生き方だったんでは?と思えました。それはまさに白菜漬
けを好む理由に直結するのでしょう」
鎌「故郷で温かく作品を評価してくれる人がいない、もしくは評価は
してくれないとしても、応援してくれる人がいない、という事かしら?」
倉「ここで蟹の話が出てきますが、これはやはり大震災の影響の話だ
と思うんです。月子は多分、故郷との良い繋がりは無いのだと思
いました。そこで故郷の実状を知り、立ち返ったんだと思うんで
す。ココが無ければ、野瀬との関係は切れなかったはずです」
鎌「でもね、最近の深夜食堂、安直に震災のエピソードを用いすぎ。
ちょっと腹立たしかった」

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芸術家、表現者の、弱さ、孤独。

倉「僕はこの話、不倫話で敷き詰められてしまった点が残念なのです。
この話は、僕もそうですが、作家という浮き草稼業、寄る辺ない
者の弱さ、孤独が根深く絡んでいたはずと思っているんです」
鎌「なるほどねえ」
倉「多分、故郷での理解も少なく上京したであろう月子。そうでなく
ともほとんど帰郷していないでしょうね。そして評価をもらうだ
けでも難しい創作業の世界で、理解者が現われるという事は奇跡
です。月子もそれまで様々な恋愛はしていた様に匂います。それ
らは仕事のネタに出来たんでしょう。しかし野瀬への想いや付き
合いは純粋に男女の何かからではなかったはずです。だからこそ
野瀬との恋愛は仕事の材料にならなかった。それをマスターは見
抜いていたんだと思います。色恋の根源に、理解者を懇願する月
子の声が潜んでいた事を」
鎌「だから『私達は作品で繋がっている』と自分のいいように解釈
していくんだね」

倉「だからこの点で、月子と野瀬の求めあった理由の違いを感じてい
たんです。どう見ても真の意味の男女の結びつきがあった、必要
だったようには月子からは匂わなかったからでしょうね。多分、
僕も月子と同じような心を持っているからでしょうね。他者の評
価のみで上下する世界の者は皆こういった弱い部分はあるでし
ょうし、多分故郷に難のあった月子はより多くあったでしょう。
この点がテーマになって、モチーフとして不倫が置かれていたな
らば、鎌田さんも納得される作品になったのでは?と僕は思って
います」
鎌「芸術家、表現者の孤独を前に打ち出して描く、ということかな」

倉「残念なのはシナリオライターという職が特殊だったせいで、僕が
感じた様な印象は、誰もが持ちやすいものではなかった点です。
例えば今回のお話って『猫まんま』のように歌手という職でもあ
りえる話ですよね?」
鎌「そうだね」
倉「もしも僕の思う、真にテーマとすべき点がそうだったならば、
ライター業は一般の方には分かりづらいものだったと思います。
ま、原作がそうなんでしょうけど」

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現実で起きている不倫、を知っているか。

別れを決めた月子。去っていく野瀬。
鎌「この回を見た視聴者の感想でね、『こんな素敵な不倫ならしてみ
たい』というのがあったんだ。もう、我慢ならないね。深夜食堂が、
遂に悪影響まで及ぼしてしまってる」
倉「マジですか、そんな感想を…」
鎌「僕の家庭が不倫で滅茶苦茶になった話はエプスタインズの端々で
書いているし、『キャマダの、ジデン。』でこれからも書いていく
から割愛するので、今日は僕の友達の話をするね」
倉「どうぞ」
鎌「僕の友達は○HKのディレクターかプロデューサーやらと結婚し
て、三児の子宝にも恵まれた。母親として妻として頑張っていた
矢先に、夫は不倫をし、大阪支局に転勤し、女もついてっちゃっ
たよ。僕の友達は、疲れ果て体も壊し、離婚となったら夫名義の
家から追い出されるのか、高齢で再就職も難しいから3人の子供
をどうしようか、ノイローゼになりそうになって毎日泣き腫らし
て、でも夫が戻ってくる可能性を信じたいために夫へは言い争う
ことも避けじっとこらえていた。そうしたらどうなったと思う?
夫は女との間に子供を産んじまったんだよ。この世の地獄だ」
倉「なんて…救いのない状態なのですか…地獄です…」

鎌「どんなに美しく見える不倫でも、その陰には地獄の苦しみにのた
打ち回っている人がいる。今回の話だって、写真週刊誌にまで取
り上げられちまった時の、妻と子供の気持ちを考えた視聴者はど
れほどいただろう?世間から後ろ指を指されるのは、当事者2人
だけじゃない」
倉「そうなんですよね。不倫モノで危険なのは、関係者全ての心象を
疎かにすると、不倫を肯定しかねない匂いが出てしまう事です。
今回はある意味、不倫自体が悪いんじゃない!という趣旨が出て
しまっていましたから、勘違いする観客もいたでしょうね。でも
あの構造になっていた理由、根っ子には、月子の根深い心情があ
ったからのはずで。そこをちゃんと前に押し出せなかった脚本
家と監督の罪は大きいと思います」

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深夜食堂ならではの、愛の終わりの描き方は。

倉「最後、野瀬が、作品を褒めたにもかかわらず、月子が別れを
告げた事から、作品を受け取らず帰った事どう思いますか?」
鎌「『私達は作品で繋がっている』のなら、恋愛は終わっても、
作品は愛せるはずだねえ」
倉「僕はやはり野瀬は本気ではなかったと思います。それは本妻との
間で何かがあって月子に心が動いたな~んてバックボーンもあ
るかもしれませんし、付き合ってた頃は本気だったかもしれない
ですけど。でも作品で繋がり、作品を一番理解した関係として、
そう公言していた身で、しかも一度は作品を手離しに近い形で褒
めたのに受け取らない。月子の“私が進めない”という言葉から
野瀬はそうしたとも取れますが、そんなのは美談的に繕っただけ
です。だって本を近距離だった月子に手渡さず、机に置いていく
んですよ?この男の中身、本性、僕は許せませんね」
鎌「確かに、こういった細やかなところを丁寧に描けば、
深夜食堂ならではの世界を作れるんだろうね」

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もう、深夜食堂は、なくなってしまったのか。

倉「後、最近のエンディング周り、どうにかなりませんかね?」
鎌「ごめんね、もう、そこまで気が回らなくって」
倉「本編からレシピのところに直結するトコです」
鎌「以前はあそこでほほえましく観終えることができたね」
倉「締りがない上に、余韻すら打ち消す。それまでの30分を崩壊さ
せていますよ。第二期の始め頃は黒味に“深夜食堂”とか出して
切っていたのに。ここだけはマジで最悪です。黒味か黒フェード
くらい入れて下さい。制作者のドラマ愛さえ疑いますよコレは」
鎌「先日、浪に献杯してくれるっていうんで友達と呑んだんだけど、
深夜食堂のファンでもあるのよ。でね、第二期、どうしちゃった
んでしょうね、って言ってたよ、彼も。ああ…浪のいない悲しみを
慰めてくれるようなドラマに出遭いたいよ。本当ならそれが
深夜食堂のはずなのに…」



 

2011.12.09