ヤツのオデコに一文字くれろ!第2回「岡田監督」

 「羊」:オーツカ

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”岡田武史は、現代のシャーマンであった。”
「徳治」なる言葉がございますがね、要するには、天命を得た徳ある君子をもって世は治まるというよーなことですけれども、こちらの徳が失われるとですね、君主を君主たらしめておった天命が革まって(あらたまたって)しまってですね、いわゆる革命に至る、というのが中国における歴史的な王族殺しの思想的な裏付けであったわけですねぇ。
で、人為的な世の中の乱れにとどまらず、天変地異やら天候不順、干ばつ、不作、飢饉・・・といった自然現象に至るまで、民草の不幸やら世情の悪化の類は須く(すべからく)、君主の徳が傾いたことにより生じるのであるとされていたりして。
古代日本のシャーマニズムなんていうものも、これに近いものがあってですね、まぁ要するには、誰のせいにもできない不幸やら不運の類は、全部、専任の責任主体のせいにしてしまえい、というところがですね、あるわけですよ。まぁある意味、古代専制君主の特権性やら階級格差の具合からしてみるならば、そうでもない限りは市井の民草はとてもぢゃぁないけれどもやってられない世界であったことは想像に難くないわけですが。
例えば、卑弥呼なんていう人がおりますけれどもね、これが「日巫女」などとも解釈できるよーな呼称であるところ、この卑弥呼が没したとされる近辺でね、大規模な皆既日食があったらしーですよ。つまり、一説には、卑弥呼という、古代の統治者兼太陽を司るシャーマンは、皆既日食という「不吉な」天変地異の責任をとらされ、生贄的に殺されたのである!!だとかいう話もあるそーで。
して、時は移り変わり現代。基本的人権とやらが法的に保障された制度の下、民草の地位も制度上、「主権者」というところまで高められておるわけですが。となると、「主権者」たる民草は、「主権者」としての責任ちゅうものも、当然負うべきであるところ、そうした義務やら責任の負担というところへの自覚なき儘、相も変わらず「民草」的な精神論から離れられずにおるというのが現状なんでしょーかね。未だに「お上(おかみ)」なんていう言い方があたりまえに使われておる国民主権国家というのも、制度の本質から謂えば、極めて皮肉なカタチではありますが。
つまりは、我が国の民草の気分というものは、ある意味古代より変るところなく、一億総評論家!!「お上」は徳をもって天命を執行せよ!!不可抗力でもなんでも上手く行かなければ生贄!!という体質が、色濃く残っておるのであるなぁ、と感じさせられる一幕。
岡田監督は、将に、そうした民草により天命を負わされた生贄。古来より、生贄を表す「羊」の文字の揮毫にて、贄たる烙印とするのも、悪くはなかろーと思われる次第であります。なーんとなく見た目も人畜無害で羊っぽいし。

 

 「ホ」:鎌田浩宮

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大会前まではバッシングの対象、今では日本中の人気者、と、
コロコロとパブリックイメージが変わり、可哀想な岡ちゃんですが、
僕の中では、断固一貫しています。

僕が子供の頃、家族そろって映画好きだったのですが、
父が女を作って家出をして以来
(おいそっちの方が映画的じゃねーかよ)
お金も乏しくなり、映画もなかなか行けなくなりまして。

するってぇと、ラジオなどでの試写会の観覧募集の
葉書書きに、精を出すわけですよ。
子供が一生懸命書いた字にお情けをくれるのか、
当時、結構、試写会当たりまして、嬉しくて。
「今日はなんて映画なんだい?」
「Mr.BOO!だって。どんな映画だろう?」
本当は、招待状1枚で2名までしか入れないところを、
母と幼い弟の3人で入場させてもらいました。
おおらかな時代だったのかなあ。

当時、香港映画というと、
ブルース・リーのカンフー映画しかなかったのですが、
この喜劇映画、腹がよじれるほど面白くて、
家族3人で久々に、父の嫌なことぁ忘れて笑い呆けて。

その後「Mr.BOO!」は香港製喜劇映画としては
初めて日本で大ヒットし、シリーズ化されたほどで。
毎回監督・主役を張るのは、マイケル・ホイ。
眼鏡で多少出っ歯という、いかにも東アジアな顔と、
どんな逆境でも次から次へと攻めて笑いを勝ち取っていく姿は、
僕の中ではヒーローなわけで。

岡ちゃん、マイケル・ホイとそっくりなのである。
顔は激似だが、そのヒーローぶりも。

岡ちゃんも、他国からは
典型的な東アジア顔だと思われてるんだろうけど、
僕からしてみれば、もっと牛乳瓶眼鏡、もっと出っ歯になって、
ピッチで暴れてほしいものです。
なもんで、彼のオデコにはホイの「ホ」以外考えられません。

時が経つのは早く、マイケル・ホイ、今年で68歳。
新作、作ってくれないかなぁ、楽しみだぁ、W杯並みに。
さもないと岡ちゃん、次の就職先は、香港で喜劇役者だぞ。

 

 「兵」:タカツカアキオ

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 監督というよりは旧日本陸軍の兵隊っぽいルックス…。
この人がイケメンだったらどんな評価だったんだろうか…。
人は見た目じゃない、なんてことがよく言われますが、
いやいや、岡ちゃんの場合はかなり関係あるんじゃないかと思いますよ。
ユーモラスな印象とは異なり、言動や行動なんかは実はかなり二枚目風だし、
先のW杯でも勝てないと思ったらよもやの快進撃。
このギャップがこの人の評価を二分させてるのかもなあ、と考えさせられています。
(随所に失礼な表現がありますがご容赦ください…。)

 

 「蹴」:竹原トモヒロ

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私のつけてあげるひと文字は

ズバリ「蹴」

なんか、顔つきからしてイヂメラレッコ的な通称“岡ちゃん”

他人にきやすく岡ちゃんとか呼ばれたかないでしょうけどね。

W杯前のバッシングをはじめ、

なんかいじめたくなるお顔立ち

幼少の頃は、ボールを蹴るというより、

なんとなく、同級生にボコボコに蹴られながらも

したたかに生き抜いたがんばり屋さん、的な


 
よって、主文、

岡田監督へのひと文字を「蹴」とします。

2010.08.18