エプスタ編集長による『箱入り息子の恋』

写真/文・鎌田浩宮
若干ですが、あらすじが分かってしまいます
ご注意を!

 

大好きなおじさんへ

おじさん、お元気ですか。
今、どこを旅していますか。
小諸ですか、奄美大島ですか?

僕は、よく映画館へ行きます。
今年観た映画を、列記しますね。

 

2/1 東京家族
3/1 ジャンゴ 繋がれざる者
3/9 千年の愉楽
4/1 コドモ警察
5/15 天使の分け前
7/1 中学生円山
7/5 リアル 完全なる首長竜の日
7/12 ローマでアモーレ
7/31 箱入り息子の恋
8/1 リトルウィング 3月の子供たち
8/1 立候補

 

今年は数十年ぶりに、ハシゴをしたほどです。
元気あるなあ、僕。
よかったのもあれば、金を返してほしい駄作もありました。

その中で、傑出して素晴らしい作品がありました。
「箱入り息子の恋」です。
今のところ、断トツで今年のベスト1です。

ストーリーは、シンプルなのです。

あらすじ

市役所に務める35歳の天雫健太郎(星野源)はこれまで女性と付き合った経験もなく、いまだに実家で両親と暮らしている。父(平泉成)も母(森山良子)も息子を気遣い、親同士が子どもに代わって相手と対面する「代理見合い」への出席を決める。そこで今井夫妻(大杉漣、黒木瞳)と知り合った健太郎の両親は、目が不自由な彼らの娘奈穂子(夏帆)のことを知り…。

http://www.hakoiri-movie.com/

そう、いわゆる、プログラムピクチャーなのです。
大層なテーマがあるわけでもなく、とてつもない予算で創られたわけでもなく、アクションやサスペンスもなく、笑わせて、ほろっとさせて、ああ、いい映画を観たなあ、なんか美味しいものを食べて帰ろうか、なんて気分にさせてくれる、かつては毎週のように封切りされていた、プログラムピクチャーなのです。

近年のプログラム・ピクチャーの秀作と言えば、周防正行監督の
「シコふんじゃった。」
「Shall we ダンス?」
ですね。
これらと共に、日本映画史上に残るプログラム・ピクチャーと言ってしまいたい。

本当はこういう映画を、松竹とかが大船調で、定期的に創らなくっちゃならないんです。

さて、あらすじを読んで、何か思い当りませんか?
そう、主人公は、僕や、「男はつらいよ」の満男のように、まるで冴えない青年なのです。

 

あなた
は、

を、
あげられる
か。

 

子供の頃から、顔が貧相で気持ち悪いと言われ、そのため内気な性格になり
(そういう経験って、意外と誰にでもあるんですけどね。僕も子供の頃のあだ名はゴリラとか馬とかでした)
周囲と意思の疎通が要らない市役所の記録係に13年勤めているんですが、同僚と一切会話をせず、しかし周囲に迷惑をかけてはいけないという信念のもとに、13年無遅刻無欠勤。

職場の誰とも口をきかない彼は、ある大雨の日、いつものように定時で帰宅します。
その帰り道、傘を持たず雨に打たれ佇んでいる女性を見かけます。
彼は、その女性に、自分の差している傘を渡し、濡れて帰るんです。
驚きました。
その、度胸に。
その、他者を第一に考える心に。

僕も、人通りの多い三軒茶屋に住んでますから、同じようなシーンに出くわすことは、多々あります。
でも、自分がずぶ濡れになってまで、人に傘をあげる優しさを、僕は持ち合わせていません。
恥ずべきことです。
おじさんなら、なんのてらいもなく、傘をあげられるんでしょうね。
おじさんのように優しい人は、もうそんなに多くないのです。

しかし、記録係というスキルの要らない部署で13年間昇進もない事を、見合い相手の父に罵られます。
でもおじさん、僕は、自分を見ているような気分になるのです。
僕の人生だって、決して自慢できるようなものではありません。
彼のように不器用で、真面目さが欠点なのです。

でも、彼は、信念を持って、13年間、誰にも迷惑をかけず生きてきたのです。
なして、人に罵られなければならないでしょうか。

 

夏帆
の、
振れ幅。

 

この映画が初主演作となる、主役の星野源は正に適役で、もう彼以外に考えられないほどです。
脇を固めるキャスティングも、ううむと唸らせるほどいいんです。
彼の両親を演ずる平泉成も森山良子も、見合い相手の両親の大杉漣も黒木瞳も、こんなにいい役者だったんだと驚きます。
市役所に勤める、脇役の古舘寛治や、穂のかでさえ、ぴかぴかに輝いています。
これは、キャスティングも含め、監督の力量も素晴らしいのでしょう。

そして、主人公の見合い相手を演ずる、夏帆がとっても素晴らしいんです。
なつほ、ではなく、かほ、と読むんです。
久々に、銀幕に恋しました。
ここ数作で山田組の常連、蒼井優のような清らかな魅力を持つ人です。

でも、僕は彼女の魅力を知ったのは、この春にテレビ東京系で放送されていた、園子温監督の連続コメディードラマ
「みんな!エスパーだよ!」
が最初でした。

この映像を観てもらえば分かる通り、正反対の女性を演じてます。
三河弁でまくしたてる、いまどき見かけないくらいヤンキーな不良女子高生役が、また見事なんです。
これだけ振り幅の広い役をこなせる俳優は、そういないと思います。

それにしてもこのドラマ、凄まじかったなあ。
全然タイプは違うけど、
「嗚呼!!花の応援団」
のような、ちょんわちょんわ!な、キャベツなんか何もつけずに丸かじりよ!な、むき出しもろ出しの青春が描かれてます。

 

日本映画史上

残る
ラブ
シーン。

 

ここから先は、映画を観てから読んで下さいね。

2人が何回か手をつなぐだけのデートを重ねた後、遂にとても素敵なキスシーンを迎えます。
35歳にして初めてなのかその距離感がつかめず、天雫くんは唇に触れるか触れまいかの、静かで淡いくちづけをします。
そして真面目な彼は、後悔をしないように言うのです。
「すいません、もう1度していいですか」
と。

僕ら観客は、もう、声が出そうです。
2人とも頑張れ!
応援してるぞ!
拍手さえしたくなるほど、この恋人たちが愛おしいのです。

「お昼ごはん、健太郎さんがいつも行くお店がいいです」
「えっ?!吉野家の牛丼ですけれど、知ってますか?」
「…」
「うまくて早くて安いだけですよ、いいんですか?」

盲目で吉野家にも行ったことのない奈穂子は、まるでチャップリンの「街の灯」のヒロインのようです。

そして、2人はある事情で、別離してしまいます。

彼女に、会いたい。
狂おしいほどの思いの健太郎は、生まれて初めて介助なし、白い杖で街を歩く奈穂子を見つけます。
彼女がつまずかないように、3歩先を行き、路上の自転車をどかす健太郎。
たどたどしく歩く奈穂子入って行ったのは、なんと2人で行った吉野家。
後を追い、知られないように向かいの席に座る健太郎。

健太郎がどこに置いてあるか教えてくれた紅生姜が、どこにあるか分からない。
もう、僕ら観客は、涙があふれています。
別れのつらさで、泣きながら食べる奈穂子。
それを数メートル先で見ながら、助けられないつらさで泣く健太郎。
スクリーンと観客は、涙で1つになっています。

大げさに聞こえるかもしれないけれど、日本映画史上10本の指に入る愛のシーンです。

「絆」とか、言わない。
「がんばろう」とか、言わない。

そんな言葉ではなく、人を思いやる心。
この映画は震災について一切触れていないけど、そんなことを気づかせてくれます。

映画を観終え、夜の新宿を歩いていると、道端に突っ伏している人がいました。
この素晴らしき映画を観た後で、手を差し伸べない方がどうかしている。
僕はその人を30分介抱して、駅まで送って行きました。

おじさん、旅先で、映画館でこの映画がかかっていたら、ぜひ観て下さいね。
おじさんも、きっと夢中になって観てくれると思います。

ここ最近の映画の流行として、エンドロールに主題歌を流す傾向があります。
いわゆるタイアップというやつで、主題歌を歌うアーティストを売りたいという商魂が見え見えで、僕は大嫌いなんですが。
だって、「スター・ウォーズ」のエンドロールは、ジョン・ウィリアムスによるオーケストラのエンドタイトルが流れるでしょ。
チャップリンの「街の灯」の最後に、歌なんか流れないでしょ、そんなことしたらぶち壊しでしょ。

この映画も、エンドロールに主題歌が流れます。
でも、映画をぶち壊さずに済んでいるのは、本編のサウンドトラックを担当している高田漣自身が、主題歌の作曲もしているからです。
そこに、細野晴臣さんの優しい歌声が乗って、情感を高めます。

 

最後に。
主役の星野源くんは、今、闘病生活中です。
どうぞ、お大事に。
心から、復帰を待っています。
年末の映画賞レースでは、各賞が貴方を放っておかないはずだから。
それに僕は、貴方のバンド・SAKEROCKが大好きなんです。

 


2013.08.23