エプスタ編集長による番外編『どうもありがとう。さようなら』

文・鎌田浩宮

皆
言う、
大往生。
そうかなあ？

 

おじいちゃんが、100歳で亡くなった。

多くの人が、大往生だねって言うんだけど、そうかなあ。
もう、おじいちゃんの新しい映画を観られないのは、寂しい。
「また新しいの、創っちゃったぞ。観においで」
こっそり僕に教えてくれて、おじいちゃんに呼ばれて観せてもらってた。

お年寄りは何度も繰り返しおんなじことばかり言って、
と若い人に疎まれるけれど、
おじいちゃんの映画は、毎回お話が違うのさ。

おじいちゃんの映画、昔の「裸の島」とかは
静かで演技も抑え目だったのに、
晩年の作品は、おじいちゃんの目や耳が悪くなったせいなのか、
台詞は大きくって、演技も大げさで、
同じ人が創ったとは思えないくらいだった。
けれども、それも味わい深いのかなあ、
誰にも似ていない映画になっていた。

それは、個性。
オリジナリティー。
アヴァンギャルトと言っていい。
今の若手の監督がいかに保守的な映像創りをしているか、
ということだと思う。

おじいちゃんの映画には、どれにもない発見があって、
大正時代の小学校はこんな風で、先生や生徒はこんな風だったのか、
こんな昔の時代を描ける人は他にはいないんだもんなあ、
そして、90年以上生きてきた人は物事をこんな風に考えるのか、
そして、90年以上生きてきても、そんな風に思うのか。

おじいちゃんが描いた戦争の頃のように
たった今も、誰もがおかしいなあと思っているのに
安全だよ電力が足りないよと嘘ばかりを洗脳させられて
原発が再稼働されそうなのを
戦争の頃と変わっちゃいないって、
おじいちゃんはとても怒っていたね。

 

おじいちゃんは反戦や原爆を描くこともあるけれど
自分や自分の仲間のこともよく描いたんだ。
仲間は、きっと喜んだことだろうね。
そんなにすごいプレゼントは、ないものね。

僕に置き換えるなんてとてもおこがましいけれど、
僕も、反戦や反原発や普天間のことも歌えば、
友達が結婚して嬉しいだとか、
僕の猫が死んでしまって悲しいだとか、
そんなことを歌いたくってたまらない時がある。
だから、おじいちゃんのそんな映画が、これまた楽しみだった。

だって、あの世で、
最初の奥さんも泰ちゃんも乙羽さんも石内小学校の皆さんも、
すんごく喜んでるでしょ？

 

これが
最後の
言葉です。
どうもありがとう。
さようなら。

 

おじいちゃんが、100歳で亡くなった。

大往生だねって言われるけれど、
おじいちゃんがこっそりと話してくれる次から次へとの新しい話、
まだこんなに話していない話があるの？
すごいねえ、それ、創った話？本当にあった話？
おじいちゃんの新しい映画、2度と創られないことは、
とてもとても大切なものを失ってしまったように思えるのだ。

だって、おじいちゃんよりも昔のことを知っていて、
それを踏まえつつ、この現代を描ける人、
しかも、曇りのないまっとうな眼差しで描ける人は、
もう、この世にいなくなっちゃったんだからね。

大正時代の頃の、おじいちゃんの小学校の同級生のとびっきりの笑顔。
カットが変わり、30年後の同窓会。
「先生、私の夫も子供も、皆戦争で死んでしまいました。」
泣きながら話す、たくさんの教え子。
被曝した教え子。
皆が大好きだった、先生が言葉を返す。

 

おじいちゃんが、100歳で亡くなったのです。

 

新藤兼人
1912.4.12　-　2012.5.29

現役の映画監督で国内最高齢の新藤兼人さんが4月22日、100歳の誕生日を迎え、東京都内で誕生会が開かれた。
映画関係者100人以上の前に車いすで登場した新藤監督は「これが最後の言葉です。どうもありがとう。さようなら」と 冗談めかしてあいさつし、会場を沸かせた。

　松竹の大谷信義会長は「日本の映画界に、100歳の現役の映画人がいることはわれわれの誇りで喜びだ」と祝福。
最新作「一枚のハガキ」の受賞続きで疲れたという監督は、言葉は少ないものの時折表情を和らげた。
同映画で主演した俳優豊川悦司さんが「おめでとうございます」と三三七拍子の音頭をとり、 ヒロインを演じた大竹しのぶさんらが祝いのストールを監督の首に掛けると祝賀ムードに包まれた。

　大竹しのぶ、豊川悦司、六平直政、川上麻衣子、津川雅彦ら、新藤作品常連の俳優たちが集まり、 大竹は「皆でずっと、新藤監督の100歳をお祝いしたいと言っていました。夢がかなってうれしい」。
豊川は「新藤監督とかかわれたことは、俳優として貴重な経験ができました。皆で温泉に連れて行こうかと話をしていますので、よろしくお願いします」などと祝福した。

　監督の世話を続ける孫の新藤風さんは「祖父の願いは（自身の）映画が長く残ること。今後のスケジュールは真っ白にし、好きなだけ長生きしてほしい」と話していた。

(MSN産経ニュース 　より)



2012.06.01

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