渥美清こもろ寅さん会館にて「男はつらいよ・寅次郎純情詩集」35㎜フィルム上映

文・鎌田浩宮
動画撮影・竹原Tom努
写真・大島Tomo智子/鎌田浩宮

おかしな男 渥美清
小林信彦・著
2000年4月発行 新潮社

数ある渥美さんの評伝の中でも、これはピカイチです。
単行本にして370ページ強の、大著。
渥美さんを美化することなく、若き頃の渥美さんが抱いていた野心、他の役者への妬み、計算高さ、上昇志向なども隠さず書かれています。
また、テレビ版の「男はつらいよ」誕生から映画化、シリーズ化も、美化して語らず、松竹の内情もしっかりと記されています。
何?
小林信彦さんを知らない?
あんた、モグリだねえ。
小林さんは、小説家・評論家。
古典落語からマルクス兄弟まで、古今東西のコメディーに精通しており、右に出る人はいないと言われています。
そんな小林さんは、まだ「男はつらいよ」以前から、渥美さんと交流があったんです。

寅さんで人気を博してからの渥美さんは、その聖人さというか、役者の、いや、人間の鑑として語られることが多い。
それは間違ってはいないのだが、売れる前の渥美さんは、人並みに悪態をつき、嫌味を言い、なんとか売れてやろうと腐心していたんですね。

そういう渥美さんを知ることができて、よかった。
ますます、渥美さんが好きになった。

 

紅葉
眩しき、
晩秋の
小諸。

 

上映会の前日の夜、高速バスで小諸に向かった。
車内はいつもより空いていた。
もう冬の訪れで、客足が鈍っているのだろうか?
小諸に、着く。
びっくりするほど、寒い。
しかも深夜に、雨が降り出した。
明日、お客さんは来てくれるんだろうか?
長野の人でさえ疎む、小諸の冬。
これまでの最低観客数を更新、なんてならなければいいんだが…。

小諸は今、紅葉が見事。観光客も多いんです。

上映会当日。
雨は、止まなかった。
ネット環境のある駅前のカフェで、ツイッターやらフェイスブックやらで、最後の宣伝攻勢をかける。

昼の12時。
渥美清こもろ寅さん会館に、ココトラスタッフが集合。
風邪などで、普段より4人ほどもスタッフが少ない。
以前なら、スタッフが少ないと映画館の設営にてんやわんやになり時間が足りず、開場時間になってもオープンできない時があった。

今は、違う。
各スタッフが団結し、あっという間に重たい椅子や机を運び並べ、売店、受付の準備を完了し、僕はマイクなど音響面と液晶プロジェクターのセッティングをこなし、試写を何度も繰り返し、不備がないかチェックする。

館内を、このようにデコレーション。

 

寒さと、
雨の中、
遠方より、
友、
来たる。

 

午後2時20分、開場。
なんとなんとなんと!
続々とお客さんが入って来るではないか。
しかも、東京など遠方からの人も、いる。

入場者にはスタンプカードをお渡ししています。
ご来場の度に、スタンプを押します。
12個スタンプがたまった人には、無料入場券をプレゼントしています。

常連のお年寄りの方、ココトラ代表の轟屋いっちーこと一井正樹が電話を掛けまくって集めた若い(と言っても40代だったりするんだが)お客さん、20代の人、等々…。

先月から、長野県内のタウン誌にも上映の件を掲載してもらっていて、それを読みお越し下さった人も、いるんだなあ。

 

ココトラ
限定の、
たい焼きくん。

 

売店も、一新した。
これまで長い間販売してきたパンとドーナツの代わりに、幸せの黄金鯛焼き小諸店の鯛焼きを販売。
黄金の鯛焼き小諸店から仕入れた、珍しいサツマイモの鯛焼きなどに加え、会館限定で作って下さった柴又風草団子入りの鯛焼きもある。
プロジェクターで鯛焼きのCMを2回も上映。
僕の隣にいるおじいちゃんは、イモの鯛焼きなんて美味くねえよなあ、と何度もつぶやいている。
さあ、売れるのかどうか…?

ガスコンロで鯛焼きを焼き、その匂いでお客さんを呼び寄せようという作戦。

午後3時、いっちーの挨拶、そして協賛者紹介のCM上映の後、本編上映開始。

スクリーンの脇に、毎月飾られる生け花。

 

「受け」の
演技の、
素晴らしさ。

 

京マチ子の、美しい花が開花するような演技。
それを受け止める、21歳の若き壇ふみの演技も素晴らしい。
そして、さらにこの2人を受け止める倍賞千恵子の、35歳とは思えない卓越した演技力。
とらやの皆が、この哀しき母娘を受け止め、歓待し、笑い合い、田舎料理を振る舞う。
僕は、涙が止まらなかった。
子供の頃から、何度も観ている第18作なのに。

館内ではストーブが焚かれた。小諸はもう寒い。

 

皆にも、
思い出、
あるでしょうか。

 

僕には、中学の頃からの友達がいた。
彼は成人するかしないかの頃に、脳腫瘍になった。
脳の奥、手術が施せない場所だった。
彼は抗がん剤治療で吐き気が止まらなかった。
見舞いに行くと、彼は僕を誘った。
「焼肉が食べたいなあ。焼肉を食べに行こうよ」
何を贅沢言ってるんだ、病院が出してくれる食べ物が1番いいんだぞ、早く治るためにも、ちゃんと病院食を食べなくっちゃ駄目じゃないか、僕は叱った。

僕はなんと愚かだったのだろう。
京マチ子がおばちゃんの手料理に舌鼓を打ったように、ナフタリン臭い病院から抜け出させ、好きなものを食べさせ、もう長くない人生を少しでも楽しいものにしてあげなかったのか。
僕は今でも後悔している。

友達は、20代で亡くなった。

寅さんは、何も役に立つ事なんかしちゃあいない。
医学に詳しいわけでもないし、人はなぜ死ぬのだろうという必死の問いにも、つまらない冗談しか返せない。
でも、真から苦しんでいる人に対してできるのは、寅さんのような、ひたすらその人に寄り添うこと、その人を受け止め、肯定し、許容すること、それが唯一にして1番の大事な事なのだ。

毎月ずっと小諸で寅さんを上映してきたが、今日ほどすすり泣く声が聞こえてきたのは初めてじゃないだろうか。
田舎芸者・ぼたんが登場する前作の「寅次郎夕焼け小焼け」といい、山田洋次の才気に敬服だ。
こんなすごい映画が、当時、盆と暮れに新作を封切するのだ。
一体どんな事態だったのだろう。

上映後、先日開催された寅さんサミットに出席した僕らの様子を収めたVTRを上映した。
ありがたいことに、スクリーンの中でいっちーが話すと、VTRを観ているお客さんが拍手をして下さった。
いっちーの小諸への思いが、銀幕から溢れていたのだろう。

いっちーと僕とで、必死になって皆さんにサミットの様子をご報告。

お客さんは、もうすっかり暗くなった午後5時半の雨の中を、満足そうに帰っていった。
来月は、もっと寒くなる。
現在日本で唯一「男はつらいよ」を35㎜フィルム上映している(厳密に言うと大阪・新世界辺りの名画座でもたまに上映しているようだ)この場所へ、どのくらいの人々がお越し下さるだろうか。

こうして、渥美さんはいつも微笑んでいる。


2015.11.15