清志郎行きつけの店で献杯する

写真/DJ・鎌田浩宮

今日は
5月2日。
忌野清志郎が、
虹の向こうへ
旅立った
日。

2013年の今年は、武道館で行われる
「忌野清志郎ロックン・ロール・ショー」
にも行かないと決めたし、どのようにしてキヨシローへ、思いを馳せようかなあ。

あっ、そうだ。
前から行きたかった、あの店へ行こう!

東京・新中野にあるうどん屋さん・四国屋。
キヨシローが、行きつけだったお店。

 

生ビール
2つ、
お願い
します。

 

先日、4月30日に行ってきました。
開店時間の、午後6時半少し前に着いて。
どきどきしながら、待つ。
人気があって、行列ができる時もあって、キヨシローも並んでいた事、あったそうで。

6時半を少し過ぎて、女将さんが出てきて、のれんをかけた。
遂に。
お邪魔します。
外見とは少し違う、結構年季の入った佇まい。
下町風情。

「お好きな席へどうぞ」
まだ客は僕1人なので、厚かましいが、訊いてみた。
清志郎さんはどの辺に座っていたでしょうか。
「左の列の時もあったし、右の列の時もあったし」
ありがとうございます。
右の列に座らせてもらった。

すいません、生ビール2つお願いします。
「えっ?お2人様?」
実は清志郎さんの旅立った日が5月2日で、だから清志郎さんの分もと思いまして…。

女将さんがご主人に、もう命日近いのね、とおっしゃっている。

「はい、生2つ」
ありがとうございます。
「そうしたら、これね」
女将さんが、アルバム「夢助」の時の、キヨシローの写真を持って来て下さった。
写真を見ながら、献杯は予想していなかった。
涙が止まらなくなってしまった。

「あのね、この本ね」
と、キヨシローが四国屋さんを紹介している雑誌「プレジデント」と、自転車狂キヨシローがたっぷり載った本「サイクリング・ブルース」を持って来て、広げて見せて下さった。
なんて親切な人なんだろう。
すいません、泣いてばっかりで。

「サイクリング・ブルース」には、四国屋でくつろぐキヨシローの写真が載っている。
それを僕に見せてくれながら、女将さん、
「あなたの席、清志郎さんの座ってた席ね」
えっ!
恐れ多い!
僕はできれば、キヨシローが普段座っていた席の、隣に座りたかったのだ。
本人の席なんて、おこがましい。
でも、今さら席を替えるのもお店に迷惑なので、そのまま座らせてもらい、献杯。

ご親切にも、初顔の僕に、今度は葉書を見せてくれた。
「笑っていいともに清志郎さんが出た時にお花を送ったらね、こんな返事が返ってきたの」
それはキヨシローの事務所・べイビィズからのお礼のものだった。
写真を撮ってもいいとおっしゃって下さったので撮らせてもらったけれど、ここへの掲載はやめておきますね。
キヨシローと四国屋さんとの、大切なやり取りのものだからね。

では、ここで1曲聴こうぜ!
「サイクリング・ブルース」

 

酌が、
好き
だったんだ。

 

普段は清志郎さん、何を呑まれてました?
「瓶ビールね。スタッフの人達と来ることが多かったから、酌をしながらね」
そうでしたか、生ビール頼んじゃいましたね。
やっぱりキヨシローは、酌をしながら交流を楽しむ人だったんだ。

「スタッフの人とかね、あとはミュージシャン仲間と来ることが多かったね。家族と来る事は、遂に1回もなかったなあ」
うどんの仕込みが終わったご主人も会話に入ってきた。
なんとこの後、ほぼ1時間途切れることなく、キヨシローの話を聞かせてくれることになるとは思わなかった。
ぼちぼち他のお客さんも、入り始めているのに。
今までに来た何百人のファンに、話してきたろうに。
どこの馬の骨とも知らん、この僕に。

そんな1時間でもう1曲聴くならば、この曲かな!
2時間35分」で行こう!
キヨシローの分の割り箸を、もう1つ添えて、彼が大好きだった、じゃこ天をつまみながら!

じぇ!これ、ものすごい美味しいですね!
「遠くから取り寄せてるからね。でも、お客さんから送料は取れないもんね」
そんなご主人の、笑顔。

 

1時間
初めて話すように
聞かせて
くれた
事。

 

最初、キヨシローがここに来るきっかけになった、幼なじみの人とサイクリングのコーチの2人に挟まれて、一言も喋らず真ん中で小さくなっていた事。

でも、何かフィーリングが合ったのだろう、それから常連になって、多い時は週に3日も来ていた事。

ファンクラブの会報に、好きな食べ物はカレーうどんと書いてくれた事。

仲間と日本シリーズを観ながら呑んで、3時間も店にいた事。
(でも、キヨシローが中日ファンとは、僕が言うまで知らなかったようです)

1度だけテレビのチャンネルをリクエストしたので、珍しいなあと思って回したら、キヨシローが出ていたNHKのドラマだった事。
(おそらく2004年の「もっと恋セヨ乙女」かと思われます)

盗難に遭って以来、いちいち自転車を分解するのも大変なので、女将さんの提案でオレンジ号を店の中に置くようになった事。

黙ってさっとファンクラブの会報を取り出し、プレゼントしてくれた事。
そんなお茶目さが大好きだった事。

「僕らの音楽」というテレビ番組での対談を、この店で撮影しようと動いてくれていた事。
その事を、お店には一切言わなかった事。
それがとっても嬉しかった事。
結局お店が狭くて、ロケは実現できなかった事。

当時舞台で丹下左膳をやっていた中村獅童さんが四国屋に来ていて、その衣装をキヨシローにプレゼントした、それ以来テレビ出演や雑誌の取材には、必ず丹下左膳の格好で登場していた。
そんなキヨシローの義理堅さが大好きだった事。

四国をツアーで回っていて、香川のうどんも食べたのに、帰りの飛行機で
「やっぱり四国屋の、食べたいな」
と言って、羽田から直行して来てくれた事。

「シャイなんだけど、見知らぬお客さんとも気軽に喋ってね。清志郎さんの事を悪く言う人はいない。皆清志郎さんが大好きなんだよ。だから清志郎さんには美味しいうどんを出そうと思って、手を抜けなかったよ」

でも、キヨシローとの濃密な時間は、たった3、4年だった。

「しばらく来ないなあと思ったら、癌の療法で炭水化物の白い物は食べないようになったそうで…」

ご主人はこの話も、何度となく来客に話しているんだろう。
でも、初めて話すかのように気持ちを込めて話して下さるその目は、潤んでいるように見えた。

僕と言えば、もう駄目だった。
涙がまた、溢れて止まらない。
あんなに好きだったうどんを我慢して、闘っていたのだから。

泣きながらこの曲、レコード針、落とします。
毎日がブランニューデイ

「青山での葬儀の後、その足でファンが四国屋を訪れたんだよ」
「あとは、墓参りの後、ここに来てくれたりね」

僕は、なんて駄目なファンなんだろう。
四国屋を知ったのは、キヨシローが旅立ってしばらく後に放送された、NHKの「サラメシ」なんだもの。
僕は、アルバムを聴いて、ライヴに行ければ、それだけで満足してしまう。
中学生の時「い・け・な・い ルージュマジック」を聴いて、ああ、人の目を気にして生きるなんてくだらない事なんだ、と僕を励まし勇気づけてくれて以来、僕は彼の曲を聴く事だけに熱中していた。

 

トリビュートライヴ

行った
くらい
に。

 

もう1品、キヨシローが好きだったつまみのえび天を頼もうとしたら、
「清志郎さんが好きだった大ぶりのえびが今日はなくってね。申し訳ないから、次回頼んでね」
なんと正直で、心のあったかなご主人なんだろう。
ご主人の言葉の端々に、自分と自分のうどんを愛してくれたキヨシローのために、彼のファンを大切にしようという気持ちが溢れている。
それに、人間ってやつが、大好きなんだろう。
常連さんの中には、日本酒をちびちびやりながら文庫本を読む人や、様々な人。
女将さんとご主人の人柄に魅かれて来るんだろう。

他にもいろんな話をしたんだ。
でも、それは内緒にさせておくれ。
そして、四国屋に行ってみてほしいんだ。
キヨシローのトリビュートライヴへ行ったと同じくらいの感動があるんだ。

キヨシローも大好きだったカレーうどんを平らげ、9時まで長居をしちゃったので、そろそろ失礼します。
本当に、2時間35分もいさせてもらってしまったです。
「もっと他には話せないような事があるから、また来たら話せるよ」
ありがとうございます。
必ず、また来ますね。

最後の1曲は、5月3日発売・RCサクセションのニューアルバム
悲しいことばっかり」より、
一日」で締め括ろう!
さあ、一日が終わっていくよ…。

四国屋に行きたい人、ここでチェックしておくれ!
http://tabelog.com/tokyo/A1319/A131902/13025581/

あれから何年経っても、キヨシローの不在は悲しい。
彼の、ぶっ飛んだシャウトを聴きたい。

イェーッ!
オー、イェーッ!


2013.05.02