キャマダの、ジデン。⑥大阪

鎌田家は、あっという間に、
一家離散になった。
常に進むと書いて常進金属、
全然進まねえっつーの!
あっという間の倒産で、
お金がすっからかんになったからなんです。

一家がすごせる金を貯めるために
母はそのまま東京のスナックで働き、
父は大阪で働くことになり、
僕と弟は、母の弟、
實おじさんちに預けられることになった。

ここでも後に明かされたことがあって、
大人になってから、親父に聞いたのよお。
「大阪では何して働いてたの?」

親父はかなり強く自慢げに言ったねえ。
「すげえだろ、歌手をやってたんだ。テープ、売れたんだぞ。」

・・・、女の勤めていたバーで、
歌を歌っていたらしい。
芸名まであった!
蘇我だってよ!
苗字だけじゃん?
それじゃ源氏名じゃねーの?
いや、そんなこたあいいんだ、
また女に食わせてもらってたのかよ!

ぼーかりすとっつーところは
父から僕に見事に遺伝してもうたが
女性にモテまくるっつーのは
ナノシーベルト単位で遺伝しなかったことになる。
ついでに書くと、
売れたテープも数十枚だそうで、
その売れ具合まで遺伝しちまったことになる。

父の歌は、天知茂の「君恋し」のようなムード歌謡。
甘い歌声に、裏付けのない苦み走った表情が、オンナを転がした。

僕が大人になってから、
妙なことに気付いた。
母は、関西弁、関西人が大嫌いなんである。
テレビで関西弁が聞こえると、チャンネルを変えろ、と。
そうか。
父の浮気相手が、関西人だったからか。
ちなみに、
高田みずえがテレビに出ると、
逆上してブラウン管を叩き割らんほどだった。
気が狂ったのかと子供の頃は恐ろしかったもんさ。
…どうやら、オンナの名前、「みずえ」だったらしい。

とにかく僕らは、小岩に引っ越した。
僕、小学1年。
弟、4歳(お金なくて幼稚園行かなかったの。かわいちょ!)

2011.06.28