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- 2012.11.14:第九十八夜:「わたしの想うアレやソレ」
- 2012.10.31:第九十七夜:「いきものアルバム最終回 <イヌ>」
- 2012.10.24:第九十六夜:「百夜通い」
- 2012.10.18:第九十五夜:「二度と辿り着けない場所」
- 2012.10.11:第九十四夜:「わたしの理想」
- 2012.10.03:第九十三夜:「ワカゲノイタリ」
- 2012.09.26:第九十二夜:「私は巨大になりたい」
- 2012.09.19:第九十一夜:「近頃のあたしゃ・・・」
- 2012.08.15:第九十夜 :「あなたは知らない世界」
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- 2023.03.04:[Radio] walkin’ to the beat everlasting⑥
- 2023.02.26:[Radio] walkin’ to the beat everlasting⑤
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第五十四夜:「いきものアルバム <セキセイインコ> 」
息子がヤドカリをもらってきました。もう鬱です・・・。
皆さん知っていますか?
ヤドカリ、死んじゃうともの凄い臭いを発するのです。
なんとも形容しがたい、キュルっとした、でも破壊力のある臭い。
それを思い出すだけで、ケース内の「トゲオ」(息子が命名)が
怖くて仕方ありません。
とまあ、ヤドカリの記憶を思い出していましたら、
私も幼い頃は色んないきものを飼っていたようです。
インコ、ウサギ、オタマジャクシ、イヌ、カマキリ、カブトムシ、
カエル、ハムスター、金魚、シマリス・・・。
飼う事を熱望し、熱心に飼い、そして飽き、死なせるループ・・・。
良い事ばかりではなかったようにも思います。それでも飼いたくなる。
命の重さを失敗しながら学ぶのが子供だとしても、
私はいきもの達から見たら悪魔の如き者だったかもしれません。
なのでそんないきものの話をシリーズ的に書いてみようかな?
と思っております。ま、思い出したら、ですけど。
どうぶつギライの人、ごめんなさい。
「セキセイインコ」
夏休みが明けた頃の学校帰りだったと思います。
小学三年生の私は、友達のユウちゃんと話しながら歩いていたら、
道沿いに並ぶ植え込みの木に、黄色いインコが留まっているのを
見つけました。今思えば彼は迷子だったのか、逃亡者だったのか。
そのインコはもう自分の家の目と鼻の先の木に留まったまま、
数時間も居続けていたので、呼んで来た母と一緒に
「どうしたもんかね?」と眺めていました。
こんな時、子供ならばふつふつと思いだすのです。
「これはもう、ウチの子になりたいんだ・・・ちがいない」と。
その想いを感じたのか、それとも心の中で言った言葉が
口から出ていたのか、いつのまにか隣の母の手には虫取り網が。
次の瞬間、母はインコを捕獲しておりました。
「おりゃ!へへ!」
インコは少し弱っておりました。怪我こそしていませんでしたが。
隣のおばちゃんからもらったカゴにインコを入れ、私と母、妹は
迷子のインコを可愛がろうと思いました。
買ってきた子とは違う、何か運命のような出会い方をすると、
人とは不思議な歓びを強く感じるようで、私も妹も母も何故か
理由もなく常にニヤニヤしながら餌やりやらカゴ掃除やら、
こまめにやっていってたと思います。
ちょっと記憶が定かではないのですが、黄色いインコの子は
昭和の時代、全インコの70%が押し付けられたであろう、
定番の「ピーコ」と名付けられたと思います。
後に黄色いインコはオスと判明しました。
今思えば、メスの名前を付けられて可哀想な気もしますが、
なにより中間な性別の名だったのも、今ではひどくモヤモヤします。
興味のない父を余所に、女三人は「一人ぼっちは可哀想だ!」と
言い張り、ペットショップで嫁を買ってきました。
嫁は水色で目のクリッとした、純朴そうな子でした。
運動は得意じゃないけど、マジメで宿題は絶対忘れない。そんな子。
どこから逃げてきたか分からない黄色いインコは、
人間にあてがわれた嫁を気に入ってくれたようでした。
嫁も嫁で、インコの身で世界を旅してきた彼のワイルドさに惚れたのか、
献身的に尽くしていきました。その仲睦まじい夫婦生活を
人間の女三人はまたニヤニヤしながら見つめていたと思います。
そこからは彼の望み通りか否か、一族は爆発的に増えていきました。
最初は5匹。次に4匹。次にまた五匹と、最終的には二十匹以上。
嫁は頑張りました。
子供達は次々と養子や嫁、婿養子として巣立っていきました。
もらわれていった子たちも大変可愛がって頂けました。
そして全ての子供達が親元を離れ、老後を楽しんでいた頃、
黄色いインコは亡くなりました。
ウチに来て7年以上経っていました。彼は長寿でした。
嫁もまた、後を追うように半年後に亡くなりました。
冷たくなった彼を両手で持った事、今でも覚えています。
死ぬ事はないだろうと思えるくらいパワフルな子でしたから、
大人しく、私の手の中で眠る姿は衝撃でした。
生まれる度に子供を近所に勧めて回った私と妹の生活も
そこで終了しました。
途中、あまりに生まれるので「困ったね」と言い合った事もありました。
しかし、一匹も居なくなってしまうと哀しいモノ。
二人で空のカゴを見つめながら「ピーコ、頑張ったよね・・・」と
妹が寂しそうに言ったのを覚えています。
彼はがんばった。
今思い出すのは、巣の中で騒ぐ子供達を背に、
止まり木で一人カゴの外を見つめていた、父親となったピーコの姿。
逃亡の身から一転、永住の地を見つけ、家族を持った彼。
再び自由の空を渇望していたのか、嫁と子が笑いあう光景を
感無量としていたのか、それとも悪の女一族に囚われ、
無理矢理子供を作らされたと思っていたのか。
でもウチからは逃げださなかったから、
少しは満足してくれてたと想いたいです。
しかし名前だけは逃亡前と後で変化してなかったかもだから、
それだけは口惜しかったかもしれない。
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