第九十三夜:「ワカゲノイタリ」

ある日のできごと。
ウチの料理の一切を取り仕切る、心やさしくも
どこまでも堅物なマサさんが珍しく私を呼び出し、
こんな事を言ってきました。
 
「あの女将…俺の…友人がここに泊まりに来たいって…」
 
私はマサさんのご友人ならば歓待するわよ!と返したところ、
それもまたマサさんを困らす事になった訳で。
マサさん曰く、その友人はまごうかたなき「悪友」だそうで(笑)
板前の修業時代にマサさんはそのご友人・ゴロウさん(仮名)と出会い、
年も近かった事から意気投合しましたが、どうにもマサさんとは
毛色の異なるタイプだったそうで。
ゴロウさんは豪快でいい加減、酒と女、博打なんて当たり前、
車やバイクで公道も我が物顔、世界は自分を中心に回っている!
というようなオトコだったそうで、「不良」「暴走族」「ヤンキー」
「チンピラ」どの言葉でもハズレはないだろうと言わしめた男だそうな。
マサさんはゴロウさんとはキケンでない距離を保ってお付き合いをしていた
そうですが、それでも様々な事件で救助や尻拭いをさせられたそうです。
マサさんが渋々話すゴロウさんの英雄譚は凄いというよりも
わたしには面白すぎました。
 
 
ある時は、まだ建設途中のバイパス道路で
10mほど途切れている高い橋の部分を走り屋仲間と見つけ、
 
「これスピード出したら飛び越えれんじゃね?じゃね?」
 
と言ってバイクでスピード出して皆まっさかさま!とか(笑)
 
 
ある時は、夜中にマサさんに電話が掛ってきて
心配して現場に駆けつけてみると、
ゴロウさんの高級外車は田んぼに突っ込んでおり、
中に乗っていた4、5人も外に投げ出されてはいましたが、
皆酔っぱらっており、泥の掛け合いに興じてたとか。
シラフのマサさんは関係ないのに泥だらけになりながら
踊り狂う全員を田んぼから引き摺りあげたとか(笑)
 
 
ある時もマサさんはゴロウさんに呼び出され、辿り着くと
酒の飲み過ぎで吐きに吐いた女性が二人、
道路中を嘔吐物で敷き詰めたようにしてた中、ゴロウさんは
マサさんに「逃げていい?」と笑って言ったとか(笑)
 
 
私が一番笑ったのは“モンキー事件”というものでした。
バイクで様々な違反を繰り返していたゴロウさんは
今度捕まったら免許取り消しという時に、新しく買ったばかりの
モンキー(※ちっちゃいバイクですね)を、もちろん泥酔して
深夜に乗りまわしてたそうです。
そこに現れたのはバイクに乗った警察官!
スピードオーバーしていたゴロウさんは勿論警察に追われました。
もちろんゴロウさんは逃走しました(笑)
何時間もゴロウさんは警察とのチェイスを繰り広げたそうです。
しかしゴロウさんのバイクはモンキー。パワーがありません。
ゴロウさんは思ったそうです。
 
「このままじゃいつか捕まる!それだけはできんっ!(男前顔)」
 
意を決したゴロウさんは街中の大きな川付近までやってきて、
モンキーを降り、そしてモンキーを頭上まで持ち上げ、
川を歩いて横断したそうです(爆笑)
さすがに警察もその頑張りに観念したのか、
追いかけてはこなかったそうです(笑)
 
 
 
こんな奇想天外、天衣無縫なオトコ、わたし好きです!
と素直な感想をマサさんに伝えたら、まだ話せるであろう
綺麗な話しかしてないよ…と言ってましたが(笑)
それでもゴロウさんとマサさんはタイプが大きく異なるからか、
他の不良仲間とは違う、真面目な、男気ある付き合いをしていった
そうです。ゴロウさんもまた、その不良の権化のような行動も
何かの照れ隠しのような、彼にとっては生きていく為には必要な
“表の顔”だったのかもしれないな、と私は思いました。
 
そんな温かい想いでゴロウさんを夢想していた時、
マサさんは続きを話し出しました。
ゴロウさんの逸話にはまだまだ続きがありました。
 
 
 
ゴロウさんは若い頃からずっと一人暮らしをしていたそうで、その頃は
どうにもイワクツキの怪しい安アパートを見つけて住んでたそうです。
部屋は二階にあって、外からはゴロウさんの部屋のみに上がる為の
鉄製の階段が備え付けられてあったそうです。
そこでよくマサさんや板前仲間がゴロウさんの部屋で飲んでいると
いつもおかしな事が起こったそうです。
きまって夜遅くに飲んでいると、階段を駆け上がる大きな音がするのですが、
ドアを開けても誰もいません。マサさん達はゾッとするも
ゴロウさんは「誰だろね?」ってな感じだったそうで(笑)
そんな事はしょっちゅうだったそうです…。
 
そしてその日は訪れました。マサさんが二度とゴロウさん家に
泊まる事をやめようと決めた“ある事件”が起きたのだそうです・・・。
板前仲間で飲み、そのままゴロウ部屋で寝てしまったある夜の事でした。
一人ウトウトとして横になっていたマサさんは階段を上がる音を聞いたそうです。
しかしいつもの事かと無視していると、なんとその時、ドアが開いたそうです。
勿論、ドア前には誰もいませんでした・・・。
ヤバイッ!!!! と思って目だけで周囲を見ても他の皆は眠っている。
そして緊張の無音状態が続き、毛布の中から目だけ出していたマサさんは
嵐が過ぎるのを待っていました。しかしその時でした・・・。
マサさんの目前に広がるゴロウ部屋に敷き詰められた、毛足の長い
ファーのカーペット(※ヤンキーご用達の)が人の足形に潰れていくのを・・・。
そのまま足跡はゴロウさんの前まで歩いていき、止まったのだとか。
マサさんは恐怖のあまり、そのまま気を失ってしまったのだそうです・・・。
 
 
 
唖然としていた私にマサさんは、
「ゴロウは本当に困った奴だったけど、人にはなぜかモテるヤツでね、
 なんにでも惚れられる男だったんだろうね。ある意味敵わない」
と遠い目をして言っておりました。
そして私はこう返しました。
 
 
 
 
「宿泊の件、お断りさせて頂きます・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2012.10.03