第三十三夜:「月が綺麗ですね」

diary_tukiga

震災から一ヶ月が経ちました。
まるで一週間くらいしか過ぎていない程に感じられた、短い一ヶ月でした。
まだまだ予断を許さない状態ではありますが、皆様、心強く参りましょう。
 
 
 
毎年この時期になると、ある先生が訪れます。
通称・まゆげ先生。
立派でのびのびとした白い眉毛が愛らしい、おじいちゃん先生。
文筆家、とだけご紹介しておきます。 ちょっと有名人。
こんな状況ですし、今年は来られないかと思っておりましたが、
予定通りにいらっしゃいました。
 
私の大好きなまゆげ先生なのですが、
悔しいのは先生は大女将の先輩といいますか、
若かれし頃から先生は多くの女子に憧れられる対象だったそうで、
大女将もその内の一人だったらしいです。 だからちょっとうっとりとした顔で
先生に出会った頃の少女時代を語る大女将の顔っつったら!!!
 
先生は今は関東に住まれておりますが、
時折実家のあった信州に戻られるそうです。
まゆげ先生はおじいちゃんらしくしっとりと落ち着いていながらも、
そのお顔からは想像できない程のユーモアをお持ちです。
面白い話もよくして頂けます。 そして少しエッチでもあります。
 
今日は、というかここ最近はお客様が全くおみえにならない為、
先生が喫茶室にいるのをみつけたので、私がお茶を点てようかと
思いました。 お茶をお出しし、先生の傍に座ると、
突然先生はこんな事をおっしゃいました。
 
「けい子ちゃん、月が綺麗ですねえ」
 
はっ!? 先生、今昼間ですよ??
はっ!? とうとうボケちゃった!?!?
 
「ひどいなあ。心込めたのに」
 
はあ?? 熱あります? ちょっともうお布団敷いてきますね!!
 
「ほお!それは返事と捉えていいかな?うん、さすがけい子ちゃんだ」
 
先生が・・ボケちゃった・・・。せっかくのお友達が・・・。

  
と思ったら、先生が説明をしてくださいました。
それは夏目漱石先生のお話でした。
夏目先生が一時期教師をされていた頃のお話だそうで。
その時の生徒さんが、ある日夏目先生に聞いたそうです。
 
「“I love you”は“我君ヲ愛ス”でよかですか?」(※口調は私の想像)
 
それを聞いた夏目先生はこうおっしゃったそうです。
 
「ふむふむ。そうですねえ。ふむふむふむふむふむ・・・。
 ほおっ!こんなのはどうでしょうかね?
 私はこの方が伝わる気がします。 こうです。 “月が綺麗ですね” 」
 
まゆげ先生曰く、夏目漱石は江戸から明治に生きた人間だから、
まだまだその時代は「愛」なんていう言葉や観念は
浸透していなかっただろうし、粋でない表現や人間が大嫌いだった
夏目漱石ならではの逸話だよねえと。
 
「I love you」を「月が綺麗ですね」と・・・・・。
夏目LOVE!!!カッコイイ!!!惚れた!!!
ただの、ワガママ人間ばっか書いてる、ボンボンエリートじゃなかった!(失礼)
いやいや、夏目先生の作品は好きなんですけどね、そこはかとなく、
ボンボンリズムを昔から感じていたもので。
しかし、こんな心の、言葉の風情、今は何処にあるのでしょうね。
なんでもかんでも欧米マインドに向いて行く日本。
なんでもかんでもハッキリ、パキパキが良いのでしょうかね?
想いをそっと隠し伝える美学。 ちょっと学びたいです。
しかし、こんなの言われたら惚れちゃいます。
勿論意味を知っていれば、ですが(笑)。
そしたらまゆげ先生が・・・。
 
「だから、さっき言ったでしょ?」
 
へっ!?
 
「君の、お茶を点ててくれる姿が麗しくてね」
 
はっ!?
 
「そして君の返事は、今すぐお布団を敷こう!だったね?」
 
ひっ!?
 
「今宵は、綺麗な月が見られそうだ!」
 
 
 
きゃああああああああああああああああああああああ!!!
 
 
 
はい、エッチなまゆげ先生です。
あと、ついでに聞いた話では二葉亭四迷は
「I love you」を「死んでもいい」と訳したんだそうです。
ツルゲーネフの小説の翻訳をする仕事でそうしたそうですが。
二葉亭四迷先生しびれるぜ! よっ! 明治時代の尾崎豊っ!
でも悲しい恋愛ばかりした方だったのかな?
それとも「愛を手に入れた」から「死んでもいい」なのかな?
「I love you」を告げる事だけでもう愛を手に入れたと思えるならば、
それは本当の「愛」だあね。 すんばらしいね!
そして今晩身体がつらないように、お風呂でよくストレッチを
しとかなきゃと笑うまゆげは81歳。 いやはや頭が下がります(笑)
いや、どんだけ待ってもそんな夜は来ないからねっ!!!
 
 
 

被災された皆様、月がとっても綺麗です。 ずっと、ずっと、綺麗です。
 
 
 
 
 
 
 
 

2011.04.13