第六十四夜:「見てはいけないものを見た時の対処法」

diary_miteha

ここ最近の有り難い客足が落ち着き、秋の終わりでも堪能しちゃおう!などと
油断していた矢先にやられてしまいました。
先日、ぼんやりと今晩は何を夜食に食べようか?などと考えながら
私はお客様のお部屋が並ぶ大廊下をひとり歩いておりました。
すると、一人のお客様がお部屋から突然走り出てこられ、
お客様と私は鉢合わせしました。 それはまるで合わせ鏡のように。
そしてそれは若い男性でした。 それは、一糸纏わぬ姿の男性・・・。
 
 
 
「あ、」
 
 
 
旅館のすべてを任された女将といえど、一人の女。
でもここで悲鳴を上げるわけにもいかない。
元々上げるような女じゃないけれども。
いくら裸だからって、お客様に失礼な返答もしてはいけない。
もちろん、お持ちのモノにどうこうも言えやしない。 そんな見てないが。
いや、こういう時は少しは褒めるべきなの? それはセクハラ?
いや、何故そんな姿で廊下に出てきたのかは聞いていいものなの?
いや、その前に他のお客様の為にもマナーとして厳しく言うべき?
いや、まずはお客様の身の危険があったのか、お部屋の不具合か問う?
いや、そんな格好では風邪ひくよ?などへの心配をするべきなのか?
いや、お風呂にいくんだ。 だから浴場までの道を伝えればいい?
いや、着る服が部屋から一瞬でパアーン!って消えたのかもしれない。
だったらお土産売り場の派手な色のトレーナーを持ってこなきゃ!
などと若女将としての最善の台詞を探していた矢先、あちらが先攻に。
 
 
 
「あ、女将さん、これはちがうんです…」
 
 
 
コレとはなんだ!? ソレのこと!? いや、何言ってんの私。
違うとはなんだ!? 間違いなの!? 何と今が間違いだと言うの?
若女将としての職務思考が、女としてのそれが、色々色々こんがらがって、
私から出た、苦し紛れの言葉はこれでした。
 
 
 
 
 
 

 

 
「分かっております!」
 
 
 

 

 
 
 
 
裸の男性は、私の突飛な言葉に驚いたまま、
「コイツには理解してもらえねえ・・・」という表情を浮かべて、
すごすごとお部屋に戻られていきました。
 
 
失敗した…。
 
 
裸男のいなくなった夜の廊下に私は一人残され、立ち尽くしました。
窓外では秋風がピューピュー啼いていたのを覚えています。
その方に対しては大失敗だったとは思いますが、
「見てはいけないものを見てしまった時の対処の言葉」としては
後々考えてみても、妥当ではなかったかと想っています。
相手を傷つけず、尊重し、場の空気すら肯定する言葉。 ・・・嘘です。
 
 
 
 
 
嗚呼、わたしってば、なにがわかってたのよ、わたしってば・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 

2011.11.30