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続々・無縁坂の尋ね人
文・K・M
構成・鎌田浩宮
城南学習指導協会
という
アナーキーな
塾が、あった。
僕、鎌田が小中学生の頃通っていた、三軒茶屋にあった城南学習指導協会という塾。
学校という枠ではおおよそ収まり切らない男達が教師として、生徒をぶん殴り、笑い合い、型破りな授業を展開していた。
極端に安い学費のおかげで、僕を含めビンボーな悪がきたちがこぞって入会、教育の醍醐味を堪能させてもらった。
少子化に伴いその塾はなくなり、そこにいた先生は全員消息不明となった。
僕らは、わずかな手がかりを元に、その先生たちを探し始めた。
それが、この連載です。
そして先日、新たな読者からの投稿があった。
そこにいた、国語担当・船橋(ふなはし)俊一先生に、会いたくて仕方がない。
以下、転載します。
何かご存じの方がいたら、「Contact」までお願いします。
突然のメール申し訳ありません。
K・Mと申します。
現在57歳です。
城南学習指導協会大橋教室に中学2年から通っていました。
船橋俊一先生にお会いしたくネットを検索していました。
同じように先生を探されていると知り、失礼とは思いながら、勇気を振り絞ってメールしています。
私の精神の核を作って下さった先生です。
高校になってからは時折お手紙を頂いたりしていました。
先生と同じ獨協大学のフランス語学科に進みました。
フランス語を教えて頂いていた時期もありました。
自分の結婚式にも出席して頂きました。
いつの日か年賀状が戻ってきて、そのままになってしまいました。
塾には学校とは何かが違うものがあったように思います。
私と同じ様に、先生方に少なからず影響を受けた生徒さんがいた事、身近に感じ心がキュンとしました。
いい大人になってもやはり本質は変わることなく、(いえ、変わることが出来ず)、どうしようもない苛立ちにもがいていた私、生きるって何?みたいなこと真剣に引き寄せて考えていた私、何だかその頃の多感な自分を優しく抱きしめてあげたい気持ちになります。
そして、色々な自分探しの引き出しを作って下さった先生方に『ありがとうございました』と言いたい気持ちになります。
鎌田様のメールにありましたように、フルネームを覚えていれば、何かきっかけがあるかもしれません。
残念ながら船橋先生以外にはフルネームで記憶にある先生はいないのです。
船橋先生のご実家は三軒茶屋のマンション、ハイツ三軒茶屋でした。
まだ売買されていなければそこにどなたか住んでいらっしゃるかもしれません。
今度実家に帰った時に近くを散歩してみます。
先生のご子息は庵(いおり)さんというお名前でした。
ご子息のお名前から何かがわかるかな…と思った時期もありましたが、分からずじまいでした。
何かごご存知の事柄があったならば、共有させて頂くことは可能でしょうか?
唐突なメールで、本当に申し訳ありません。
お許しください。
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