キャマダの、ジデン。⑦小岩

さあ、一家離散!
これまでとは違う、明るく楽しい、小岩編の始まり始まり。

母の弟、實おじさんとおばさん夫婦の間には
2歳の広実(ひろみ)くんがいた。
僕の名前は浩昭なので
それまで両親には
「ひろくん」と呼ばれていたが、
「2人『しろ』がいて間違えるから、これからはしろあきと呼ぶぞ」
おじさんから初日に言われた。
(なんでか母の家系は江戸っ子でもないのに、
「ひ」と「し」が言えないんである。)

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そしてその初日、広実くんが何かの拍子に転んで
「広実くんがすっ転んだ」
と言った。
「すっ転んだとはなんだ、転んだと言え」
おじさんは言ったと同時に僕をひっぱたき、
僕は泣いた。

この2つの出来事だけで、
僕は将来どうなっちゃうんだろう
不安と孤独で一杯になるのには充分だった。

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おじさん夫婦も、まだ20代。
僕なんか就職せず、フリーターやってた年よぉ。
いきなり2人も子供を預かって、
何もかも必死だったんだろなあと、
今では十二分に解る。
そしてその不安と孤独は、
簡単に消えちまうんであった。

おじさんは気が荒く、単純で短気、人の悪口ばかり言っていて、
母の兄弟の中で1番、
あの明治の頑固オヤジである祖父に性格が似ていた。
豪快で、ガキ大将みたいで、子煩悩で、
そう、寅さんのようだった。

父と違って、会社が終わるとすぐに帰宅し、
19時前には家にいるのでビックリした。
「これが普通の父親かあ・・・!」

金がないので、銭湯は1日おきだった。
彫り物が背中で踊るどこかのおじいちゃんと
風呂場で仲良くなったりしたのも小岩らしいかな。
實おじさんに
「あのおじいちゃん、やくざなの?」
と聞くと、
「やくざだっていい人はいるんだ」
とひっぱたかれそうになった。

外見で判断しない、
僕の人を見る目は、
ここでおじさんに作ってもらったのだ。

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帰りは広実くんがダダをこねると
怒りながらチューチュー(20円のアイスね、知ってる?)を買ってくれた。
でもダダをこねすぎると、
「しろみ!ピンだぞ」
尻をひっぱたくふりをして、
広実くんはわんわん泣いた。

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せっかく汗を流したのに、
寝る前は皆で腹筋運動の競争だ。
おじさんも一緒になって、のだ。
そして電気を消してもおじさんは
お腹がよじれそうなほど可笑しい笑い話をし続け、
僕ら、笑って眠れないのである。
2歳4歳6歳、
3人兄弟、川の字で眠れないのである。

日曜は、優しいおばさんの代わりに、
おじさんがでっかい鍋で、
サッポロ一番塩ラーメンを作ってくれる。
それをお椀にとって、皆に配る。

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その後は、表に出て、
皆で野球だ野球!
あの頃は外遊びといったら野球だもんね。

おじさんの球が取れなくて、どぶに入る。

あの頃は、どぶって多かったんだよ。

あの臭いこそが、小岩だ。
そう、忘れられない、小岩の、臭いなんだ・・・。

dob

2011.07.05