行く、東北へ。最終回 相馬、朝の音。

取材/写真/録音/文・鎌田浩宮

 

立入禁止区域

満開

桜並木。
テレビ

しか
見られ
ない。

 

2012年4月18日(水)。
夕方、おじさん達と、被災地を巡るドライブから帰ってきて。
娘さんは、赤ちゃんと一緒に、近所の自宅へ帰っていった。

テレビをつけると、原発近くの立入禁止区域の中に桜の名所があって、そこが満開なんだ、というニュース。
こうしたニュース、東京で観るのと、被災地で観るのとでは、全く気分が違うんだよなあ。

このテレビに映っている場所は、すぐ近くなんだという事。
おじさん達も以前はここで、花見を楽しんでいたんではないかという事。
僕の横でおじさんが、どんな気分でこのニュースを観ているかを想像するという事。

 

相馬

おじさんち
から
原発
まで

距離。

渋谷
から
八王子。

 

相馬駅から南下して、10駅。
距離にして40~50㎞。
夜ノ森駅。
福島県富岡町、夜ノ森公園の桜並木。
震災前は例年この時期、地元の人や観光客10万人以上が楽しんでいた。
ここから約8㎞北上すると、福島第一原発がある。

つまり、相馬から原発までは、約30~40㎞。
東京に置き換えると、渋谷から西へ30㎞進むと、日野市、八王子市周辺。
電車で渋谷-八王子間は、約50分。
スギ花粉さえ、容易に飛んでくる距離。

 

電力
足りなくて
も、
再稼働

駄目
だ。

 

僕は、ありとあらゆる質問や疑問を、敢えて全ておじさんに尋ねないでいた。

相馬市が依然、放射線量の高い地域だという事。
授乳期の赤ちゃんを、相馬で育てるという事。
その母親が、福島の食物を摂取するという事。

その1つ1つに反論して、くだらねえ「朝までナントカテレビ」のようなギロンを、したいわけじゃない。
ただ、おじさんがそれらの事を、日々どのように感じ考えながら生活しているのかを、知りたいだけだった。

でも、それは言葉ではなく、おじさんを見つめる事により、五感で感じ取ろうと思ったんですね。
だけど、このニュースを観ていたら、これだけは、どうしても、口を突いて出てしまったんです。

「電力が足りないから原発再稼働って言ってるけど、おじさんはどう思う?」

おじさんは、声を荒げるわけでもなく、でも、しっかりとした口調で言ったね。
「原発は、反対だ。電力が足りなくっても、再稼働は、駄目だ。」

電力が足りなくても生きていけるけれど、被曝したら命が危ない。
それを、身を持って知っている。

おじさんと僕は、その後も、じっとモニターの中の桜を観ていました。

 

 

70年
食べてきた、
相馬

新米
を。

 

この日の夜は、杉ちゃんが地元の友達と僕を会わせて呑もうという事に。
でも、そうするとおじさんが1人で可哀想だな、と思い、僕1人でおじさんの酒の肴兼晩ごはんを作る事にしました。

おお、あらためて冷蔵庫の中を見ると、牛乳も肉も、地産地消に強くこだわっているかのように福島産ではないか。
風評被害に苦しむ農家を、助けようとの心か。
スーパーで手に入り易いのが、たまたま福島産なのか。
それは、敢えて訊かなかった。

じゃあおじさん、このお米は?
「この辺は去年、風評被害で米の出荷を止めたんだけどよ、近所の親戚の農家から直に手に入れたんだよ。線量は超えてねえよ」

おお!
新米かい!

ただ、おじさんの言っているのは暫定基準値の500ベクレル以下ということで、最近新たに決まった基準値100ベクレル以下にはなっているのか?
おじさんの話を東京に戻り調べてみると、こういうことでした。

http://wadai.biz/url/mainichi.jp/life/food/news/
20120330k0000m040043000c.html

セシウム:100ベクレル超の福島県産米を全量廃棄へ (毎日新聞)

食品中の放射性セシウムに対し、4月からより厳しい新基準値(1キロ当たり100ベクレル)が適用されるのを踏まえ、農林水産省は29日、昨年の福島県産米のうち検査で100ベクレルを超えた産地のコメを旧市町村単位で全量買い上げ、廃棄することを決めた。消費者の不安を解消するとともに、農家の経営を支援するのが狙いで、対象は最大3万7000トン、費用は90億円となる見込み。

これまでセシウムの暫定規制値は1キロ当たり500ベクレルで、農水省は昨年の福島県産米については検査で500ベクレルを超えるセシウムが検出された地域を旧市町村単位で出荷停止とし、全域のコメを買い上げていた。
100ベクレル超~500ベクレルが出た地域では県が農家に出荷自粛を要請し、農水省が農家単位で買い上げる方針を打ち出していた。

コメに新基準値が適用されるのは収穫期の2012年10月からだが、農水省は産地と消費者を共に守るためには、買い上げ対象を広げる必要があると判断した。
買い上げ費用はコシヒカリの場合60キロ当たり1万2500円など、過去の価格を参考に決めた。
農水省が設立する法人を通じて農家から買い上げ、費用はこの法人が東京電力に賠償請求する。
集めたコメは産地の倉庫に保管し、全量を廃棄する。

農水省農産企画課によると、対象地域は福島市や二本松市、伊達市など12自治体の約70地域(旧市町村)。

おじさん、毎年食べてる自分の土地の新米が食べたくって、回してもらったんだろうなあ。
70年食べてきたんだもんなあ。
でも、少なくとも、赤ちゃんへ母乳をあげている娘さんにも食べさせるのは、まずいんじゃないかい?

 

おじさんは怒るかも知れないが、なるべく福島産のものは使わずに、酒の肴をいくつか作った。
おじさん、旨いっしょ?
俺、居酒屋で旨いメニューがあると、マネして作るんだよ。
「ああ、うめえよ。お前も呑め」

杉ちゃんはまだ仕事から帰ってこない。
だからもちろん、僕も付き合う。
よく考えたら、おじさんと差し向かいで飲るのは、意外と初めてじゃないか。

俺は福島産の食材を避け、おじさんは好んで口に入れる。
でも、2人の間に亀裂はなく、原発事故の前も後も、齢の差を超えた友達だ。
2人だけの酒、格別だ。

 

「おじさん、申し訳ないんだけど、俺、明日で帰る事にするよ」
「なんだ、どうしてだい。もっとゆっくりしてけよ」
「いやあ、東京でやんなきゃなんないこともあるしね」

僕は少し、嘘をつきました。
本当は、娘さんにも指摘されたんですが、おじさん、僕がいると楽しくなっちゃって、酒を呑みすぎちゃうんです。
毎晩ビール呑んで日本酒呑んで焼酎ストレートで呑んで下手すりゃウイスキーまで行っちゃって。
毎晩こんなに呑み続けると、さすがにまずいんじゃないか。
でも、それをおじさんに言って楽しみを奪っちゃひどいし。
ならば、そろそろ、帰ろう。

おじさん、この料理、本当はイカの塩辛乗せて食べるとまた旨いんだよ。
そう言うと、おじさんは冷凍庫で大事に保存していたイカを取り出し、嬉しそうに笑った。

次の日起きると、イカの塩辛が出来上がっていた。
味見した。
舌が、とろけた。

 

相馬。

の、
音。

 

2012年4月19日(木)。
この日、最後の朝は、とても早く目が覚めた。
家中が寝静まった中、僕はレコーダーを手にし、念願だった、屋外のフィールドレコーディングを試みる。

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これは家の庭の音。
レース鳩小屋の音が近い。

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庭の外に出て、外を歩く。
放射線量が高くとも、気づくわけもなく、鳥たちの声は東京よりも大きく多く、高らかに澄み渡る。

皆、この相馬の音を、聴いてほしい。
自然豊かな、田舎の音を。
音には聴こえない、放射能の音を。

 

おじさんが仙台まで、車で送ってくれた。
海に近い道路をずっと北上していったんだけど、上の写真のような、津波に全てをさらわれ、海岸から4~5㎞までの陸地が荒野となった風景が、1時間以上車を走らせても続いていくのに驚愕した。
そう。
この風景は、福島から宮城を越え、岩手までずっと続いていくのだ。
いくら車を飛ばしても、ずっとこの風景が続くのだ。

そんな風景を眺めながら僕は、極上の塩辛を土産にもらって、東京に帰った。


2012.07.06