応募作品#9 現場に来てまで本なんか読んでる馬鹿がいるか!

編集・鎌田浩宮

ブログのくせに長めの事業でこざかしい
エプスタインズ創刊11周年記念特別事業
「第2回エプスタ随筆大賞」

スズキスキーが提案した
9つのテーマから選び
随筆を、書く。
大賞決定前に、応募作品を1作ずつ掲載していきます。


9作目も、
賃金奴隷な日々を
建築現場作業員日記として書き連ねる
加藤匡通さんによる随筆です。

彼は、どのような随筆を書いたのか。
さあ、読めばいいさ!

題・ 現場に来てまで本なんか読んでる馬鹿がいるか!
著・ 加藤匡通
テーマ・ なし

二〇二一年五月××日(火)「現場に来てまで本なんか読んでる馬鹿がいるか!」

 小ぶりなマンションの現場に入っている。まだ躯体が立ち上がっている真っ最中、最上階では鉄筋が組まれ、スリーブを入れたりしている。

僕はそういった雑作業の要員として戻された。設備の中心は配管で、次が器具取付だ。他は全部雑になる。自分では雑工のつもりなので、雑で呼び戻されたことに何の問題も感じはしない。自身を配管工と思っている職人が雑を命じられれば怒り出すだろう。

戻ったのは丸二ヶ月振りだ。この間、中国人研修生は毎日現場があった。そういう契約なのだから当然である。職長も当然あった。と言うか、なかったのはどうも僕だけだったらしい。交通費はかかる仕事は出来ないなのによく休む、そんな奴は干されて当然、と納得出来なくはないが、いい気持ちではない。

 本と眼鏡を忘れると一日どよーんとしている。なにせ一番本を読むのは現場にいる時だ。通勤電車の中では寝ている方が多いし、家に帰ってからは本を読む余裕がなくなる。休日は自宅のある茨城を車で動いているので、これまた本を読む余裕はない。なので現場の休み時間が一番本を読める時間となる。それなのに本と眼鏡を忘れると大打撃だ。

 最近だと土工の初日にこれをやった。その後の苦難を思わせる初日ではあったな。

 建築現場で本を読んでいると快く思われない。何を読んでいるかはあまり問題にされず、本を読んでいること自体に侮蔑的な視線を感じることも珍しくはない。小説どころか人文科学や社会科学の本を読んでいる僕などは訳のわからないものを読んでいるおかしな奴でしかなかろう。

 たまに絡まれたりもする。先日は重機のオペに、よりによって外山恒一の『政治活動入門』を読んでいるのを見つけられて、「選挙に出るんですか?」「自民党がどうなるか教えて下さいよ。」と絡まれた。外山恒一も読者ですらない人間からそんなこと言われたら憤慨するだろう。選挙なんか出るか!俺はアナーキストだ!と言う訳にもいかず、のらりくらりとやり過ごした。

 以前監督が職人にKY日誌をちゃんと書けと言ったら、「字を書いたりするのが嫌だから職人になったんだろうが。」と反論してるのを聞いたことがあるが、これは職人たちの心性を端的に表しているのだろう。字を読むこと自体が嫌いで図面の文字しか読まないと豪語していた職人もいたな。あ、KY日誌のKYは「危険予知」の略で「空気読めない」の略じゃないから。

 本ではなく図面を読め、と言われることもあるが、これは職人に対する指導ないし教育ではある。昔は現場でスポーツ新聞を読んでいても「図面見ろ。」と叩かれたと聞いている。叩けれないだけましになってはいるようだ。指導としては正しいような気はするが、休憩時間なのに?と当然思っている。基本的人権って知ってる?それにワタクシは職人ではありませんが?

 少なくとも法律では、そして裁判でも、休憩時間は仕事のことを考えなくていいことになっている。もちろんそんなものは建前であって、現実には工場の前でも現場の前でも学校の前でも家庭の前でも、そこら中で憲法は立ち止まっている。むしろ憲法が歩みを止めていないところが日本国内に本当にあるのか疑わしいくらいだ。現場で立ち止まっていれば「何突っ立ってんだ!」と怒鳴られるが、憲法は偉いから怒鳴られることはない。俺も憲法だったら怒鳴られずに済むんだがなあ、と思わなくはないが、いやいやアナーキストは「法に死を!」とか言っちゃうお馬鹿さんなので間違っても憲法になりたいとかは思わないんである。

 えーと、何の話だっけ?

 設備配管の仕事をしていると日当が上がっているので階級上昇して自分が労働者になったように思ってしまうが、この一年の新型感染症を巡る一連の経験はそれが勘違いだと教えている。仕事が切れれば自転車操業にすぐ戻り、公共料金すら滞る。元から専門職になることから可能な限り逃げ回っているが、僕は職人=労働者ではない。使い捨てのアンダークラス、図面なんか読まないよ。

 V社の社長は癇癪持ちで、些細なことで始終ところ構わず怒鳴り散らす。職人と電話していて興奮して大声を出すだけでは飽きたらずそこら辺にある物を蹴飛ばしまくるのはよくあることだ。ある朝、あまりのご機嫌麗しさに住宅地の中にある現場の前で車から道具を下ろしている僕たちに向かって「ぶち殺すぞ。」と喚いていらっしゃった、とかいった愉快な逸話には事欠かない。

今日も詰所で他の業者がいるのもお構い無しでわーわーと指導だか説教だかをなさっていらしたら、ガードマンから「お前がうるさいんだよ!」と怒鳴り付けられて静かになった。詰所の警備までしている立派なガードマンだと、その場にいた誰もが思っただろう。

 この社長も当然本を読むな図面を見ろと指導する人である。僕以外はみんなスマホを弄っているが、これも嫌いなので「そんなもん(スマホのことだ)弄ってないで図面見ろ!」と指導している。あんなに怒鳴っていてなんで血管が切れないのか不思議だ。ゴムで出来てんのかな?

 で、怒鳴り付けられて静かにしていた三時の休憩中のこと。社長がいる時は昼休みにしか本を読まないようにしていて、その時も本を読んではいなかった。もちろん社長が出ていって僕の基本的人権が回復され、本が問題なく読めるのを切に待っているのだ。しばらくは静かに話をしていたが、やがて声が大きくなってきた。どこかでスイッチが入ったらしい。ガードマンは席を外している。

と、突然矛先がこっちを向いた。「だいたい現場に来てまで本なんか読んでる馬鹿がいるか!本なんか家で読め!俺は本なんか嫌いなんだよ!」え、どこでそんな話になったよ?さっきまで違う話してたじゃん!それに今本読んでないのに!

 本を読むことが習慣になっている人は概ね、子どもの頃に本を読んでいて褒められた記憶があるだろうと思う。成長すると必ずしも褒められることばかりではなくなるが、読書を怒鳴りつけられる経験はほぼないだろう。少なくとも僕はない。こんな剥き出しで読書を嫌われたのは初めてだ。前世で焚書でもやってたのかなあ?あまりのことに笑った。戻ったばかりだけど、次を考えたほうがいいかもしれない。


エプスタインズ創刊11周年記念特別事業
第2回エプスタ随筆大賞
応募締切:締め切りましたよ~
ジャンル:随筆
形式:文字、点字
枚数:制限なし
賞品:福島県相馬市の新米及び新米酒
審査員:アガタシネマ miyako/Tamasudare
発表:2022年2月22日
応募先:hironomiya.kamada☆gmail.com ☆を@に変換して送信して下さい
郵送は〒154-0024 東京都世田谷区三軒茶屋2-20-13-410 鎌田浩宮まで

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2022.01.25