MY NAME IS CHABO

撮影/文・鎌田浩宮

チャボ、
渋公へ
お帰りなさい。

 

聖地「渋公」が建て替え 2015年10月から一時閉館に

渋谷区は2015年2月27日、渋谷公会堂と庁舎の建て替え計画を発表しました。現在の渋谷公会堂は2015年10月4日で一時閉館します。

渋谷公会堂と渋谷区役所は、ともに1964(昭和39)年建設。渋谷公会堂は東京オリンピック重量挙げ会場として竣工。翌年渋谷公会堂としてオープンし、今年50年を迎えます。「聖地」の異名を持つホールとしても知られています。

2011年の東日本大震災を機に、渋谷区は庁舎の耐震診断調査を実施。震災時の活動拠点として必要な基準値より低い値が出たため、庁舎と渋谷公会堂の両施設建て替えが決まりました。

新公会堂は地上6階、地下2階の鉄骨鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造・鉄筋コンクリート造)で延べ床面積9570平方メートル。2018年度のオープンを目指します。

Jタウンネット東京都 2015年3月3日より

チャボが、渋公に帰ってくる!
そのライヴを、5月2日の忌野清志郎ロックン・ロール・ショーで知り、狂喜した。
でも、ファンだから敢えて正直に書く。
チャボは、渋公を満席にできるんだろうか?

渋公は、1階2階合わせて、2,084席だそうだ。
毎年バースデイライヴを演っているプレジャープレジャーは、1階2階合わせて318席。
あそこでは4daysを演ったりしているが、それでも渋公の数には至らない。

それが杞憂に終わって、本当に良かった!

なんだかんだと家を出る時間が遅くなり、ぎりぎりになってしまった。
グッズの先行販売は、開場前の15:30までだ。
会場での限定販売に近い形の、THE 仲井戸“CHABO”麗市 BOOKを、手に入れたい。
されど開場してからは、席に身を埋め、チャボが選曲したであろうBGMに浸りたい。
渋谷で、目の不自由な方と2度もすれ違った。
普段なら介助を申し出るのに、ああ、早足で通り抜けてしまった。
なんとか時間に間に合い、本を買った。

雨に濡れない所へ行き、まず開いたのは、チャボと渋谷さんがRCについて語っている箇所だ。

16時の開場の10分前に、整列が始まった。
雨足も、強くなった。
わずかながら、傘を持たない人も、いる。
ああ、傘を譲りたい。
でも、チャボ本が、濡れてしまう。
ごめんなさい。

結局、予定より遅れて開場となった。

懐かしいなあ、チャボの渋公。
「絵」のレコ発ライヴ、浅川マキさんを思い出す。
あの時チャボは40歳、俺は22歳。
ミュージシャンを目指し、大学を中退した頃だ。

 

45年。
3時間47分。
29曲。
でも、
それも
1年1年の、
石の積み重ね
のように。

 

10分遅れて16:40、開演。
古井戸、2人っきりで登場。
まさか、古井戸を生で観られる日が来るとは、思ってもみなかった。

こんな事が起きたのだから、あと10年後には、RCサクセションを観られる日が、来るかもしれない。
1度絡まった古井戸という糸だって、このようにほぐれたのだから。

そんな事をチャボと並べて書く事もおこがましいのだけれど、なんつったって45年を総括するライヴだ。
観ている側も、この45年を振り返ってしまうのは仕方がない。
俺も10代の頃からバンドを作っては潰し、組んでは壊してきた。
2008年から現在までやっているバンドは、今は5人編成のソウルバンドだが、当初はブルーズのデュオだった。
その相棒と2人で、このライヴに来た。
相棒と、10年後でもいいから、2人でライヴハウスを回りたいな、そんな気持ちにさせてもらえた。

RCサクセションのコーナーに移る時、スクリーンに映し出された当時のRCのライヴの編集が見事だった。
セッティングは終わっているのに、暗転のまま、チャボはずっとスクリーンの映像を観ていた。
そんなチャボを見て、また俺達が感動するのだ。

「よォーこそ」「君僕」「いい事ばかりはありゃしない」を外さず演奏してくれた。
45周年の総括の中で、どうしてもチャボが歌いたい曲。
加えて「ハイウェイのお月様」「チャンスは今夜」

チャボがヴォーカルを取る曲を、もっともっと聴きたくなってしまった。
「ブルドッグ」「セルフ・ポートレート」「ギブソン」…。
いつか、リンコ、コーちゃん、Gee2woが揃ったその時に、聴かせてくれたらいいな…。

でも、その3人の力を足したように、梅津さんのステップの軽やかさ。
あの時と同じだ。
くるりと回りながら、中央に駆け出し、ソロを吹く。
片山さんは動きこそないが、輪郭の太い音をぶっ放す。

その代わり、と言うのは違うけれど、1stからは2曲も。
「打破」「ティーンエイジャー」
大好きな、漆黒の時のチャボ。

こうなると、大好きな2ndからも聴きたかった。
渋公で、「ホームタウン」が聴きたかった。
もっと贅沢を言えば、「エピローグ」も「ホーボーへ」も聴きたかった。

麗蘭を観るのは、久し振りだった。
ああ、いいなあ、体に染み渡るなあ。
公平のカッティング。

楽屋で言うのは照れ臭いからここで言います、バンドマン人生45周年おめでとうございます、と公平が言ってくれた。
なんて素直に自分の心を話せる人だろう。

3rdソロの「DADA」「HUSTLE」を、麗蘭で聴かせてくれた。
チャボの、詩のような歌詞も好きだ。
この日演った「大切な手紙」のような曲もチャボ独特だ。
だが、たった1行のキャッチコピーのように「ハッスルする」と言い切るタイプの曲も大好きだ。

シーナ、石田長生、銀次。
この1年も、様々な人が旅立ってしまった。
そして、このライヴに、沢山のゲストが来てくれた。
でも、なぜだか俺にはこのライヴも、1年1年やっているバースデイライヴの1本のように思えた。
確かに年代を追った構成で、ポエトリー・リーディングも交え、バラエティーに富んだ曲目だった。
いつもの「マイ・ウェイ」は演らなかったが、「My R&R」はしっかり演った。
「雨上がり」も、欠かさずに演ってくれた。
でも、特別な1本というよりかは、今年もまた1つの石を積み重ねた、という印象がした。
また来年も、石を1つ積む。
そのまた翌年も。

1つ違うとしたら、いつもより多くキヨシローへ呼びかけたことだろう。
何度も何度も空へ指を指し、何度も何度もキヨシローの名を呼んだ。
俺もキヨシローと叫んだ。

 

渋公の、
涙雨か。

 

この長い間、どれほどどでかくチャボの影響を受けて来て、それが今もなお、どでかく続いている事か。
そしてこの長い間、自分の中に、チャボとは違う部分も生まれ育ち、そんな自分自身も、確固として持っている事。

ゆっくりと会場を出た。
信じられないほどの、大雨だった。
どうしたんだい?
渋公が、泣いているのかな?
チャボと別れたくないって、泣いているのかな?

傘が、役に立たない。
肩やバッグはずぶ濡れで、足は水たまりでびしょびしょだ。
大雨から逃げるために、スペイン坂の安居酒屋へ逃げ込んだ。
相棒が、話してくれた。
2008年、初めて僕とブルーズのデュオを組んだ時、どのようなサウンドを形にしたらいいのか、彼はチャボの「ホームタウン」を聴きながら、フレーズを考えてくれたのだそうだ。
嬉しくて、たまらなかった。

家に帰ると、チャボ本は濡れていて、本のページとページがくっつき、剥がすと破れそうになる所があった。
これもまた、思い出だ。
チャボ、心から、ありがとう。


2015.09.07

忌野清志郎ロックン・ロール・ショー渋谷公会堂2015

写真/文・鎌田浩宮

心眼で
観るべき
ショー。

 

7回忌?
違うよ、キヨシローは銀河ツアーに行ってるんだぜ。
箭内さんも言っていたけれど、俺も命日とかそういう呼び方、嫌だな。
それにしても、7ってのは、そんなにめでたい数字なのかい?
今年はメディアがこぞって、特番を組んだり、記事を書いたりしている。
偉いぞ、NHK。
お礼に受信料、払ってるぜ。

とにかく、チャボが出るんなら必ず行く、というのが基本スタンスだ。
5月2日の、ロックン・ロール・ショー。
細野さんや陽水が出るのも、観たい一因。

ポールのライヴは、60代が中心層なれど、若い男女も親子連れも来ていた。
この日も、そんなニュアンスがある。
俺の席の両隣は50代くらいの男性だ。
加齢臭が気になるのは、先日のかしぶちさん1周忌追悼ムーンライダーズライヴと同様。
だけど、ひょっとしたら臭いの元は、俺なんじゃねえか?
脇の下を、嗅いでみる。

客入れのBGMは、RC最初の2枚のアルバムから。
キヨシローの全歴史を追って流してくれると、もっと感慨にふけることができるんだけれど。

皆スマホンで、舞台のヒトハタウサギを撮っている。
自撮りってのをしてる人も、いる。
キヨシローが旅立ったころはまだ、スマホンなんてなかったんじゃないかなあ。

俺はまだこのショーを、悲しみの側からしか観られない。
皆で盛り上がって、キヨシローの歌を楽しもう、そうすることによってキヨシローも喜んでくれるんじゃないか、という心境に、もう6年も経ったのに、まだなれない。
チャボでさえ、笑顔を取り戻しているのに。
この今、キヨシローが銀河から帰ってこないことが、未だに悲しくて寂しい。

ハウスバンドに、チャボと、ブルーデイがいる。
それはとっても嬉しいこと。
コーちゃん、また来てくれないかな。
なんだか、皆が揃うのも、じきに少なくなってしまう予感がするのだから。

 

私が
出たい

思わせる
よさ。

 

1発目は、トータス
民生もギターを弾いてたが、すぐに引っ込んだ。
「原曲のキーが出ないので、チャボさんに謝って1音下げてもらいました」
と、恐縮のトータス。

毎年思うんだけれども、俺はキヨシローと同じキーで、全曲歌える。
トータスや浜崎や民生よりも、ずっとずっとうまく、心を込めて全身全霊で歌える自信がある。
なんで俺を、ステージに上げてくれないんだろう?

そんなことを一人ごちている俺は気が触れちまってるんだが、でも、そのようにワジワジしながら観ているお客さん、意外と多いんじゃないかな。
きっと若い頃にはRCのコピーバンドをやっていた人も、いや、未だにやっている人だって、いるだろう。
その中にはコピーに飽き足らず、俺のようにオリジナルを創って本気でバンドをやっている人も、いるだろう。
だからってステージに上れる訳がないのに、脳みその中だけは何を考えても自由だから。
そんなことを夢想しながら観られるってのは、いいことなんだと思う。

 

精神
こそを
継承
する。

 

TOSHI-LOWって誰だ?
ヤケにイキがったMCをしてる。
キヨシローと偶然飲み屋で初対面して、呼び捨てで2時間も絡んで、記憶をなくしたら、翌日「昨日ナニワ・サリバン・ショーに出たいと言っていたから、枠を設けました」と事務所から電話がかかってきて、丁重にお断りした話。
しかし、彼のMCは、熱を帯びていく。
「地震の後には、戦争がやって来る」
で始まるキヨシローの有名な文を、1字1句たがわずにそらんじ始めた。
やるじゃねえか。
そして歌いだした「明日なき世界」はクセのない歌い方で、言葉がちゃんと胸に飛び込んでくる。
あ…、この子の名前、聞いたことあるぞ。
教授がやってる反原発音楽フェス「NO NUKES」に参加してるバンド・ブラフマンの子だ。
真剣に反原発や反戦のメッセージを送り続けている、正しきキヨシローの後継者。
たまにはEヤツを参加させるじゃねえか。

その後に出てきた曽我部恵一は、2曲ともとてもよかった。
彼が初めて買ったRCのアルバム「ハートのエース」から選んだ「山のふもとで犬と暮らしている」は、素直な歌い方で、キヨシローの物真似ではない歌い方で、高温も伸びやかで、犬の鳴き声のところも感情がこもってる。
選曲も含めてとてもいい。
「ハートのエース」は、いい曲、多い。
こういった代表曲でない曲を愛し続けている人、好きだなあ。

 

ユルいヤツ、
呼ばなくて
E。

 

その後に出てきた浜崎が最悪だった。
「熱唱が続いて息が詰まりそうなので、僕はユルくやります」
みたいなことをほざいた。
俺はたまらず
「詰まんねえよ!」
と叫んでしまった。
キヨシローのステージというのは、常に全力なところが胸を打つのだ。
ユルくやってるところなんかありゃあしない。
ユーモアを交えたりするステージングはある。
だが、それはユルさとは全く違う。
キヨシローの精神を後継する気のないヤツは、もう呼ばないでほしい。
キヨシローのような、人の心に感じ入る曲を創れるように、出直して来いよ。

民生も含めてこの世代…実は俺も大きな括りでいうと同じ世代なんだが、自分らの上の世代に対抗してユルさを売りにするヤツが多い。
俺はその手の一切に、興味がない。
その手は、何も生み出さない。
その手に育てられた子供たちが、徴兵制で戦争に行かせられるのだ。
そもそも、皆2曲ずつの披露なのに、民生だけなぜ3曲なんだ?
他のミュージシャンより客を呼べるからか?
民生はキヨシローと同じキーで歌えるんだが、最初から最後まで絶叫だけ。
抑揚のない歌い方だ。
選曲に芸もない。

集客能力のあるヤツよりも、マリちゃんや伸ちゃんを呼んでほしい。

 

曇った
街並み。
あの歌を、
思い出せる。

 

僕の大好きな、細野さんが出てきた。
チャボが、大歓迎してる。
キヨシローが60歳になったら、一緒にブルーズのアルバムを創ろうと言っていた、細野さんだ。
特にMCは話してくれなかったけれど、この日の「幸せハッピー」は、いつもの何倍の声量で歌う細野さん。
それがとても嬉しかった。
元々は、坂本冬実さんが歌うために創られた歌だ。
こんなに大きな声量で歌う細野さん、なかなか観られない。

「レコード化されていない、RC未完成の曲」
と言ってチャボが梅津さんと2人だけでやった、「ベルおいで」
キヨシローのテイクには悲しみがあるけれど、チャボの歌い方には温かみがあった。
チャボは、いつもキヨシローの曲を、自分の物として心に取り込んでから歌う。
だから、胸に迫ってくる。
これぞ、トリビュートライヴだ。

「ついにこの人が来てくれた。こういう大袈裟な呼び方は嫌がるかも知れないけれど」
とチャボが嬉しそうに呼んだ。
陽水の、出番だ。
「僕は青い森というフォーク喫茶で一緒にいて。リンコ・ワッショイが作詞して、ケンチが歌った曲を」
と言って、歌ってくれた「忙しすぎたから」
つまびくように、静かに奏でるアコースティック・ギターが新鮮に映る。
陽水が歌ってくれて、この歌が新しい羽根を生やし、二重の虹の向こうまで飛んで行ったようだ。
爽やかな、風が吹く。
陽水が歌ってくれて、本当に嬉しい。

チャーへのチャボからの紹介も、感謝が去年にも増して込められたように聞こえた。
「俺たちRCが食えなかった時、前座に使ってくれて、そのおかげで俺たちも人気が出るようになって…」
去年同様、なぜかチャーは民生を呼び出す。
ただ、今年はチャー自身が歌ってくれた。
欲を言えば、民生とではなく、チャボとギターソロ回しをしてほしかったんだけれど、チャボはハウスバンドに徹していて、前に出ることはなかった。
でも、陽水にしてもチャーにしても、自分が同時代にいた曲や関わった曲をやってくれるのは、嬉しい。
ポールが「something」を歌うのと同じだ。

 

演出、
忌野清志郎。

 

全員での「雨上がりの夜空に」では、細野さんはなんとアコギを弾いていた。
いつ、コードを覚えてくれたんだろう?
そして、陽水のジャンプでアウトロを決めた。
格好良かった。

その後の、恒例の「忌野清志郎ダイナミックライブ」で、トラブルがあった。
イントロダクションでキヨシローが戦争と平和についてガンガン語り、最後は布団ショーで締める2004年の渋公での「Baby何もかも」
途中で映像が映らなくなり、音声だけになった。
これは心眼で観てみなよ、というキヨシローの悪戯心のちょっぴり混じった粋な演出だな、と思った。
映像がない分、本当にそこで演奏されているようなのだ。

キヨシロー、素晴らしい演出ですよ。
その証拠に、そこで帰ってしまう人は、意外と少なかったのだから。

片山さんも、元気になってよかった。
ニューアルバム、出るんですよ。
梅津さんは、いつものように軽やかに飛び回っていて。
「シングル・マン +4」は聴きましたか?
今日はあなたをモデルにしたドラマもあるし、嬉しい日々です。
昨日は「明日なき世界」も「JUMP」も歌われ、暗い時代になったけれども、心ある人は、こんな世の中じゃいけない、キヨシローだったらどうしているだろう?と考えて、生きているんだと思います。

よォーこそ(トータス・民生)
ベイビー!逃げるんだ(トータス)
ラプソディ(トータス)
明日なき世界(TOSHI-LOW)
ドカドカうるさいR&Rバンド(TOSHI-LOW)
九月になったのに(曽我部)
山のふもとで犬と暮らしている(曽我部)
いい事ばかりはありゃしない(浜崎)
JUMP(浜崎)
幸せハッピー(細野)
ベルおいで(チャボ)
エネルギーOhエネルギー(チャボ)
帰れない二人(陽水)
忙しすぎたから(陽水)
かくれんぼ(チャー)
S.F.(チャー)
つ・き・あ・い・た・い(民生)
スローバラード(民生)
トランジスタラジオ(民生)
毎日がブランニューデイ(細野・陽水除き全員)
雨あがりの夜空に(全員)
忌野清志郎ダイナミックライブ


2015.05.03