応募作品#1 老人と笑み

編集・鎌田浩宮

 

ブログのくせに長めの事業でこざかしい
エプスタインズ創刊10周年記念特別事業
「エプスタ随筆大賞」

ぐわー、いかん。
予想以上の、応募数。
でもって、豊かで面白い。
断続的に、破顔です。
大賞決定前に、応募作品を1作ずつ掲載していきます。
読めばいいさ!

 

 

題・老人と笑み
著・番場正志
テーマ・耄碌と恍惚

 

 ∮       §       ∮       §       ∮

 

私も自分が何やってんのかわかんないのよぅ!何やってんのか!

おばあさんが叫ぶ。ここは銀行の窓口。毎日、毎日たくさんの来店客で賑わう窓口の片隅で何やら大声を発している。静まりかえるロビー。クラシックのBGMだけが鳴り響く。一斉に視線が集まる。

なんだ、年寄りか…。

そこにいる誰もが思い、また会話に戻る。

なんかあったのか?窓口の責任者をしている僕はロビー担当にインカムを経由して尋ねる。

4番窓口、老人女性。認知症だと思います。
医者でもないくせにすべてを悟りきったかのようにロビー担当が勝手に報告をはじめる。

今日は朝から3回目。キャッシュカードを失くしたと言い、再発行の手続にきています。課長、そろそろ対応いただけません?

わかった。いくよ。

インカム越しに応えると、窓口でおばあさんが仁王立ち、明らかに不服そうな表情を浮かべている。

あなた?あなた責任者なのよね?カードがないのよ!キャッシュカード!どこを探してもないのよ!なんとかしてちょうだい!

おばあさんは叫ぶ。ソファに座り週刊誌を読んでいた中年女性が雑誌越しにこちらをチラチラと眺めている。

おばあちゃんね、今朝も来たよ。今朝ね、カードが見当たらないというからもう一度作り直す手続をしてるよ。大丈夫ですよ。

大きな声ではっきりとわかりやすく伝える。

え?来てないわよ!ウソを言わないでよ!

大丈夫ですよ!カードは新しく作り直してますからね。

こんな押し問答は日常茶飯事だ。よくある光景。どうせカードは家の中のどこかにあるんだろう。

腑に落ちない表情のまま、ロビーのソファに居座る。

仕方がない…。来てもらうか。電話の先は大田区の地域包括支援センター。このような認知症老人のケアをする行政機関だ。すぐに地域担当者が駆けつける。

別室で状況と経緯を説明すると、

了解。あとは任せてください。連絡ありがとうございました。との返事。10分ほどで駆けつける。

ロビーに居座るおばあさんに向かって、優しく説明。

おばあさん。この人はね、区役所の職員さん。今からね、一緒におうちに行ってカードを探してくれるって。よかったねー。

歩くのも辛そうなおばあさんの腕を職員が支え家まで連れて帰ってもらう。

2時間もすると、区役所から電話がある。

もしもし、課長さんですか?先ほどは連絡ありがとうございました。カード?ありましたよー。どこにあったと思います?植木鉢ですよ。花と一緒に水あげてました。え?見つかったとき?そりゃあもう満面の笑顔でしたよ。よほど嬉しかったんじゃないですか。とにかくもう明日は行かないと思います。安心してください。

よかった。植木鉢か…。こういうケースでは探すと見つかりそうな場所がいくつかある。 仏壇の亡きご主人の遺影。冷蔵庫内でバターナイフとして使われていることもあった。また、孫が来たときにトランプの1枚になっている場合もある。

地域包括支援センターのスタッフは勤勉で、実直で何より責任感が強い。他人の親をどうしてここまで面倒を見てくれよう。その当事者意識には脱帽する。

反対に残念な人種がいる。みんながみんなそうだと言えば語弊があるが、警察だ。これを読んでいる方の中に警察関係者がいたら、申し訳ないと思うが。

ある日、別の老人女性が窓口で怒鳴った。

どうしておろせないんですか!早くやってよ!もう。

状況を聞く。どうやら振込め詐欺の可能性があり、窓口担当が現金引き出しを断ろうとしているらしい。銀行窓口の世界では振込め詐欺被害を防止することは勲章だ。ロビーに所轄警察署からの感謝状の額が並んでいるとさながら戦闘機の撃墜王のようだ。今日みたいなまた感謝状が獲れそうな状況になると、店内はザワつきはじまる。誰がその手柄をあげるか、そこが問題。銀行の窓口はやって当たり前、できて当たり前、ミスがなくて当たり前の世界。減点主義の世界ではこのような数少ないプラス加点になる場合は、何としてもでも成功させたいのだ。

そんな下心があるからこそ、詐欺被害防止への関心はそれほど高くはない。警察署も本気で詐欺被害を減らしたいなら、管内金融機関窓口に偽の感謝状を乱発し掲げれば、この窓口はガードが硬そうだと警戒するだろう。魔除けのようなものだ。そんな簡単なことすらしないのだ。

ちょっと!早くしなさいよ!

窓口で例の老人女性が再び大声をだす。

いいじゃない!わたしのお金なんだから。ええ、そうよ。だまされてもいいの!だから早くおろしてちょうだいよ!

報告を聞くと息子を名乗る男性から電話があり、会社の金を使い込んでしまいバレる。今日中に300万が必要。お母さん、助けてほしい…。典型的な振り込め詐欺の手口で教科書にも載っていると言っていいぐらいだ。

興奮が冷めないようなので、自分が対応を代わり応接室に通す。温かいお茶を差し出すと、早速本題に入る。

あのー、奥さま?もしかしたら、その、騙されているんじゃないかと心配しているんです。

だまされていいじゃないの!

えっ?

そんなやりとりが続き、意外な言葉があった。(だまされていい…。)

どういう意味ですか?

だまされてもいいのよ!息子たちは何年も電話一本すらかけてこないし、詐欺でもウソでも息子と話できたなら、それでいいのよ!

その言葉を聞き、せつなくなった。
ひと呼吸おき、切り出す。

わかりました。お手続きします。ただ、混雑していますので、こちらの部屋をお貸ししますからお待ちください。

すると、老人は願いが叶ったと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。

ありがとうね。でも早くしてちょうだいね。3時に家に電話がかかってくるから。お金を取りにくるのよ。

これも典型的な手口だ。部屋を出て110番通報する。サイレンを鳴らさずパトランプ点滅のパトカー車輌が3台、3分もたたずに支店建物を取り囲んだ。通行人には銀行強盗が暴れているように目に映ったことと思う。それだけ警察が暇なのは平和な証拠か。

制服、私服、ものものしい人数の警察関係者が臨場する。応接室にノックもせずに入りこむ。

おばあちゃん、もうだいじょうぶですよー。

挨拶のひとつもなく第一声がそれだ。

は?

事態を掴めていない老人が、呆気にとられたように警察関係者を見つめる。

あ、ごめんごめん、おばあちゃん。私ね、〇〇警察署生活安全課で刑事やってます△△と申します。今日はね、おばあちゃんを守りに来たのー。

かなりハイテンションの刑事だ。

あなた!だましたわね!どういうことよ。何でここに警察がいるの?

僕は下を向いたまま、何も言えなかった。

二人の警察官が老人の両腕を抱えて、正面路上に横付けしたパトカーの後部座席に押し込む。振り向きざまに僕に向かって、

ウソつきー!

と叫ぶ。いやはや、後味がものすごく悪い。

後日、中年男性がアポもなく来店した。僕に会いたいという。その男性は警察に連行されたおばあさんの息子だと名乗った。開口一番お礼があった。話を聞くと関西に居を構えてもう数年、実家に帰っておらず、たまたま長期出張で東京にいたという。ちょうど母親が振り込め詐欺未遂にあったときも在京で、警察から確認の電話を受け、仕事を抜け出して実家に戻ると数人の刑事が母と部屋にいたそうだ。固定電話が鳴る。犯人からの電話だろう。いよいよこれから始まるのか。テレビの密着捜査24時みたいな現行犯逮捕ってやつが。緊張感が張りつめたという。

おばあさんが電話を取る。

もしもし、はい。お金?下ろしてきたわよ。300万円。はい。これから来るのね?わかったわ。

そこまで話すと、刑事が突然受話器を取った。

おい、お前、誰だ!金を取りにくるのか?
俺か?俺は警察だ!

そこまで言うと、電話を切られたらしい。
よくある逆探知とかをやっている気配もない。

おばあちゃーん。もうだいじょうぶですよー。もう悪いやつは来ませんよー。

呆れた。ハナから犯人を捕まえる気がないのだ。理由を聞くとあぶないから、だそうだ。
それ以来、週に一度は母親に電話することにしたという。思いがけず、親子にとってはいいきっかけにはなった。警察の対応には僕も呆れる。これだから詐欺被害は無くならないのだろう。

ウソつきー!と僕に吐き捨てた叫び声がいつまでも耳に残る。だが、二人の老人の満面の笑みが忘れられない。あの、願いが叶った瞬間に見せた本当に嬉しそうな、純真無垢な子供のような笑顔だ。満足感を得たとき人は本能的に笑うのだろう。

肉体的に経済的にも不自由な高齢者にとって、受難の世の中である。その笑顔を台無しにだけはさせたくない。

 

 

募集期間を延長しました。ぜひ、ご応募下さいね。

 

ブログ・エプスタインズ創刊10周年記念特別事業
エプスタ随筆大賞
応募締切:2020年10月11日(日)
ジャンル:随筆
形式:Microsoft Word または googleドキュメント
   ペンで紙に書いて、または点字などの郵送も歓迎です
枚数:制限なし
テーマ:以下の6つの中から選び、応募下さい。
   ・お楽しみはこれからだ
   ・おれは悪くない
   ・三等同僚
   ・死ぬのは奴らだ
   ・ビッグトゥモロウ
   ・耄碌と恍惚
賞品/賞金:後日発表
賞一覧:・大賞
    ・投票による読者賞
    ・裸の大賞
    ・若大賞
    ・青大賞
    ・のんき大賞
    ・Mr.BOO!ギャンブル大賞
審査員:高橋紅(くれない)
    高橋基(もとい)
    スズキスキー
発表:2020年10月吉日
応募先:info@epstein-s.net @を半角に変換して送信して下さい
郵送は〒154-0024 東京都世田谷区三軒茶屋2-20-13-410 鎌田浩宮まで

 

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2020.10.02