私の2019年日本映画ベストテン 鎌田浩宮編

写真/文・鎌田浩宮

2018年の「あみこ」や「万引き家族」から続き、長い時間をかけてもすたれない、良作の多い1年だったと感じました。コヤへ通うのが楽しく、あれも観なくちゃこれも観なくちゃと、間違いなくいい1年でした。

コヤ(映画館)で、映画を観る。
このうえなくリラックスできる、贅沢な時間。
しかし予告編に流れるのは、どうひっくり返っても観に行かないと思われる類の作品ばかり。

振り返ると「宮本から君へ」は観なかった。
最近多い。
役者に絶叫させる映画。

叫び声の大きさが、監督の主張の大きさなのであれば、そんな映画は猿でも作れる。こんな脆弱な表現ばかりしていると、日本映画はガラパゴス化し海外から無視されるだろう。

同じ閉塞感と絶望を描いていても、「象は静かに座っている」と「ホットギミック ガールミーツボーイ」では、雲泥の差がある。後者の考察は浅く、監督が頼りにしているであろうカット割りも、浅い思索のもと行われており、必然性が皆無だ。

 

 

1位 新聞記者

アメリカでも韓国でも、少し前の社会・政治問題を扱った良作が増えている。しかし、現在進行している問題を、しっかりと深く掘り下げ、問題提起している映画は類がない。かつ、エンターテインメント映画としても一流。

政府からの脅しもなかったようで、映画界の同調圧力にも揺るがず、興行としてもヒット。観客が渇望していた、待ち望んでいた映画だったのだ。

これ以外の1位はあり得ない。
キネ旬ベストテンには10位にも入っていないようで、評論家の質の低さがありありと。

 

 

2位 男はつらいよ お帰り 寅さん

「家族はつらいよ」3作がひどかったので、この新作が不安だった。ご高齢の山田監督に、喜劇はもう創れないのではないか。寅さんファンを裏切るような作品になるんじゃないか。桑田佳祐が主題歌を歌う、くるまやがなくなり喫茶店になっている、満男は作家になっているなどの事前情報を聞くにつれ、失望感が高まった。

しかしどうだろう。「男はつらいよ」全50作の中で、最も感動的な作品のひとつになっているではないか。泣きすぎて、終わった後には鼻から頭にかけて鈍痛さえ起きている。こんなに映画館で泣いて笑ったのは、数十年ぶりの事だった。

後藤久美子演じる泉の家庭の崩壊が、大げさではなくケン・ローチや是枝裕和作品のように胸へ迫る。実際に僕(鎌田)の母はあのように浮気した父をなじったし、家のものを壊したし、酒を浴びていた。僕の父はあのように金を無心し、家庭の崩壊を助長し続けた。山田組はどこでどのように取材したのか?まるで僕の両親を取材したかのようだった。「おとうと」に続く、綿密な描き方に感服した。

(なお、有楽町で観た時はなかったのだが、上野で観た際は、父が満男に金を無心するカットで、笑いが起こった。もちろん山田監督に、そのような演出意図はないはずだ。時に人間は、おかしくなくとも笑ってしまうものだ)

過去の49作を使った挿入カットも、これ以上ないだろうと思われる絶妙さ。別の家庭を持つ現在の泉・満男から、10代の泉・満男へ。顔の位置や向きや画角やアングルなどもシンクロさせて挿入されている。さらにそれを受けて過去の寅さんが挿入され、今の満男を励ましていく。

おそらく山田監督だけではなく山田組、もしくは松竹多くの者がブレーンとなり、皆で最上の作品を創り上げようとしたのではないか。

若さの代わりに、しわが刻まれている。しかしそれでも、泉の顔は美しい。彼女が日本に居続け、両親と常に接していたら、彼女の心は擦り切れてしまい、自分の向かいたい夢や、願う暮らしを実現できなかったかも知れない。夢や暮らしが叶い、生き生きとした顔を維持できている。

しかし日本に帰れば、彼女は両親の面倒を見なくてはと、良心に突き動かさざるを得ない。他の家族にはない強烈なストレスに襲われ、自分の生活を侵食される。

唯一の救いは、満男であり、さくらと博。彼らのおかげで、彼女は澄んだ心持ちで、家に帰ることができる。苦しみを乗り越えて、40代という人生半ばのこれからを歩むことができる。

お互いの苦しみを抱えつつ、人生を歩む。そんな泉と満男に、奇跡のようなコラージュが最後を飾る。49作のあるコラージュによって、泉と満男を見守り続けてきた伯父の、愚かなれど豊かな生涯が浮かび上がる。50年の歳月をかけなければ、できなかった映画。

くるまやは、喫茶店になった。見終えてから合点がいった。僕の身の回りで、50年変わらずに残っているものなど、ほとんどないのだ。飲食店はおろか、お地蔵さんや庚申塚さえ撤去されている。そんな世界の中で、喫茶店に変われど残っているものは、貴重なのだ。

観終えた後、あちこちで「いい映画だったなあ」と夫が妻と語らいでいる声が聞こえた。上野の映画館だ。上野は、寅が再び旅へ出る場所。さくらが見送る場所だ。

 

 

3位 星に語りて

日本映画にもかかわらず日本語字幕が出る、音楽が流れる際は音符のマークが出る、詩的な演出は避け分かりやすい演出にこだわる、ややオーバーな演技、など…。

この映画は、東日本大震災で被災した知的障害の方々の話。だから、知的障がいの方々が観ても分かるような配慮なのだ。製作を務めるきょうされんから、そのように言われたのだろう。

監督も役者も、面白くなかったかも知れない。本領が発揮できない映画。名刺代わりにしたくない。できればなかったことにしたい。(もちろんそうではないことを願うが)

この配慮は、倉本聰脚本「やすらぎの刻~道」も同じだ。ご高齢の方でも分かりやすい演出と演技。これを「北の国から」の杉田監督と同様の詩的な演出をすれば、作品の評価は上がる。しかし、敢えてそれを捨て、分かりやすさを取るのだ。

これを僕は、新しい演出なのだと捉えている。音楽が流れると音符マークが出るのであれば、津波の音が流れた時は、どんなマークを出すと難聴の方にも分かりやすいのか。であれば、屁をこいたらどんなマークか。恋をしたら、役者はどのくらい笑みを浮かべればいいのか。

分かりやすくすることは、芸術性を下げることではない。それを逆手に取って、新しい芸術が生まれるかも知れない。そんな夢を見せてくれた映画だった。

 

 

4位 岬の兄妹

音楽を担当する高位妃楊子さんが友人のご親戚と聞き、飛んで観に行った。片山慎三監督がポン・ジュノさん作品の助監督をやっていらしたことは、後で知った。

知的障害の妹に売春をさせる、身体障害の兄。とんでもない設定なのだが、世界中のどこかしこにある貧困と格差を想起させ、圧倒的な説得力を獲得している。

素晴らしい点がいくつもあるのだが、妹役・和田光紗さんの、本当に障害をお持ちの方かと思うほどの演技。

「時計仕掛けのオレンジ」を思い出すカットがあった。一方、「男はつらいよ」三平ちゃん役の北山雅康さんが出演され、作品に彩りを加えている。

映画には、音楽で例えると、ハードロックやヘヴィーメタルに似た表現方法、あるいはブルーズに似たテイストを携えた作品がある。冒頭で述べた「演者の絶叫に頼る映画」も然りだ。

この作品は、それらのような不快感が全くない。説得力のあるリアリズムが通奏低音を流れており、ディストーションやオーヴァードライヴ、ブルーズハープやボトルネックの誇張は見当たらない。

必見です。

 

 

5位 半世界

海外派兵された自衛隊員の自殺を描いた映画として、評価されるべき。ただ、阪本監督が、ご自身の魅力や持ち味の一部を敢えて封印し、作り上げた感があります。そこが加わっていれば、傑作になったのではないでしょうか。

 

 

6位 風たちの午後

大好きな「あみこ」の山中監督が薦めていたので、観に行きました。1980年に公開された作品の、デジタルリマスター版。美と音と声に対する、意識の素晴らしさ。

登場人物の声の音量が、小さい。僕らは息をひそめて、彼女たちの会話を聞く。彼女たちの声を、大きな音量でサウンドトラックに焼き付ける必要がないことに気づく。その小さな声は、美しい。しかも驚くのは、今回の再上映のために、当時の出演者が再び集まり、アフレコし直しているのだ。

銀幕に映る彼女たちは、20代だろうか。若く、美しい。録音の声は、約40年を経過したもの。老女であり、写真を見ても彼女とは分からないほど変わっている。

しかし、その声は美しい。涙が出るほど、美しい。映画は、再び息をし出す。そして、銀幕に投影される。これからさらに時を経ても、映画は残り続ける。

 

 

7位 麻雀放浪記2020

映画という名の、パンク。
想像だけなら、逮捕されない。

第三次世界大戦で2020年の東京オリンピックが中止、という設定。出鱈目とは思えない。つい先日はアメリカがイランを煽り、第三次大戦になりかけた。そしてパンデミックや異常気象、五輪の中止は絵空事ではない。

さらに本作は、人間がAIに勝利する最後の出来事を描いたものであるような気がしてならない。この出来事以降は、人間はずっとAIに支配されるのだ。

出演者が逮捕され、上映が危ぶまれた映画として「台風家族」もあるが、こちらはひどかった。市井昌秀監督は「箱入り息子の恋」が素晴らしかったのに、その後が無残だ。復活を期待しています。

 

 

8位 ひとよ

数年前の園子温監督のように、1年に数本も封切があり、そのどれもが面白い。若松監督譲りの豪快さがあり、白石監督ご自身が備える慎重さもある。社会に盾突いているし、社会に埋もれる人を見逃さない。白石監督は、僕ら映画ファンの夢。応援したくて、いても立ってもいられなくなる。

 

 

9位 よこがお

僕やあなたがこのようなことに巻き込まれていないのは、偶然でしかない。

 

 

10位 真実

相当に動きづらい現場の中で、是枝監督もご苦労されたのであろう。

一方で、老けつつあるビノシュの美しさに息を飲む。 
1986年、僕は、世界中の映画好きは、ビノシュに恋をしていた。
そして、ここのところ、ビノシュの出る映画を観ていなかった。
あのビノシュが、是枝さんの銀幕に映し出されている。
ため息が出る。
久しぶりに、ビノシュの美しさを感じる。
幸福な、時間。

以下は全くの余談です。
コヤで予告編を観ていると、何とも味わいのある中年女性が出ている。
誰だろう?
全く分からない。
主人公の母親役。
相当にキャリアを積んだ俳優なのか、最近脚光を浴びている俳優なのか。
テロップが出た。
シャルロット・ゲーンズブールじゃないか!
記憶とは出鱈目なので、まだ20代か30代、青春映画の似合う年齢かと思っていたが、少し考えてみれば、そんな年齢ではない事を理解する。
こんなに齢を取ったのか。
それにしても、他の俳優ではあまり見ない美しさがある。


2020.02.14