第四夜:「ウチの仲居さん」

diary_004

若くないのに若女将、けい子(仮称)です。
今日は一日、新しく入った仲居さんの新人教育をしておりました。
名前はみずほちゃん(仮称)。
大変疲れた気がします。
つかれた? ・・・今日はちょっとイヤな響き・・・。

今、ウチには臨時合わせて7人の仲居さんがいます。
私がまだ若女将となる以前、仲居の修行をしていた頃には倍以上
居た気もします。 まあ、体力気力どちらも使う仕事ですから、
肌に合わなければすぐに辞めてしまいます。
私は東京にいた際に色んな職業を経験した事もあり、この職は
ムリしてやるもんじゃないなと思いますから、辞める人間を咎める
気持ちは湧きません。 そんな仕事です。
とはいえ、仲居さんあっての旅館業。 貴重なスタッフです。
私なんかより必要です。
ここは片田舎ですから、年齢の多い仲居さんなどにそんな変わった方は
いませんが、若い者は高校卒業後に東京やら大阪やら名古屋やらに
出ていって、数年後そこに飽きて(?)地元に戻り、募集に釣られて
やってくる輩が多い為か、時折面白い子が入る事もあります。
そして、消えていきます。

以前にいた子では、通称・ケモノ使いの西尾ちゃん。
小さい頃から動物と「北の国から」が大好きで、ムツゴロウ王国に
憧れて北海道に向かいましたが、熱意空しく畑さんに断られ、
祖母がいるこの地にやってきました。 そして今度は東京で動物の勉強を
する為の資金を集める為、ここでバイトとして働き出しました。
(※採用については西尾ちゃんの祖母と大女将である義母が
  仲良しだった為、私を無視して決まり・・・)
ホワ~ンとした性格と、誰とでもすぐ仲良くなれる能力は
良かったのですが、彼女には環境が悪かった。
西尾ちゃんは元々名古屋の子でした。 両親との劣悪な関係も
あったらしく、北海道からとんぼ返りしてきてから、
祖母の住むこの山奥にやってきたのです。
それがよくなかった。
ある日の仕事中にでも西尾ちゃんは見てしまったのでしょう。
よく裏庭に訪れていたタヌキの親子を。
元々、動物愛に飢えていたんでしょうね。 それから彼女は仕事を
抜け出しては、裏庭や山で餌を撒き、鹿やらキジやらムササビやら、
最後には猪までもおびき寄せてしまう始末。 動物達も西尾ちゃんには
懐いていたようで、窓越しにその姿を見た時は
「ああ、ナウシカっていたんだ・・」と思いました。
その後西尾ちゃんは、彼女の気持ち関係なく名古屋に
連れ戻されていきました。
彼女が去った後、早朝の裏庭で子鹿を見ました。
その姿は誰かを探しているようでもありました。
・ ・ ・ 逆ドナドナ。
風の噂では、今彼女は北海道の旭山動物園にいるとかいないとか。
けっきょく北海道か。
あれ?ホントは「北の国から」が好きだっただけとか???

あと、面白いところでは調理補助でいた中卒のセイジ君(仮称)。
綺麗な顔の子で、手先も器用でしたからこちらでも大変
重宝していたのですが、彼はここではずっと隠していたのです。
今はテレビでゲイバー特集があるとよく映っています。
こっちじゃ苦しいもんねぇ。 この話はいつか詳しく。

さて一番の新人仲居、みずほちゃん。
今日一日、教育で一緒にいて・・・・・すごく怪しい・・。
いや、すごくいい子なんです。
覚えもいいし、愛想もいい。 器量もいい。そして若い!可愛い!悔しい!
でもちょっと気になる事があって・・。
みずほちゃん、よく誰もいないところを見ているんです。
聞いても「いえ、なんでもありません」としか答えない。
最初は集中力ないのかな?とも思いましたが、そうでもないみたい。
それより、教えている私の肩の上や頭上もぼんやり見ているような気が・・・。
集中できてないのはこっちだった!

一番怖かったのはさっき!!!
夜になり、一通りの業務が終わった後のことです。
事務所からフロントに向かう廊下に出た私は、玄関に立つみずほちゃんの
後ろ姿を見止めました。
彼女は誰もいない玄関に一人立ち、前方を睨んでいました。
顔はガラスの反射で見えたんですが。 何をしているんだろうと思っていた
矢先、彼女は突然険しい顔をして、首を横に大きく振りました。

「えっ!?」

その後、もう一度首を大きく横に振りました。

「ええっ!?」

そして、しばらくするとみずほちゃんは深々と御辞儀をし、
ホッとした様に微笑んでいました。

「えええっ!?」

廊下で呆然としていた私の方に、フゥ~という安堵の表情で歩いてきた
みずほちゃん。 丁寧に挨拶をする彼女に私は、今何をしていたの?
と聞きました。 するとみずほちゃんは微笑みながら、
今日教えて頂いたお客様への対応の練習をしていましたと返しました。
そうですか・・・・・。
でも首を横に振るようなこと、今日私教えてませんよ・・・・・。

まあ、旅館というところには本当に色んな方々がお見えになりますから、
そういう方達をお断りするには大変良い子が入ってきてくれたのかも
しれません。  と、いうことにして今日は寝ます。
強いお酒を飲んで・・・・。
 
 
 
 

2010.08.11