第六話「カツ丼」 <後編>

 

shinya006_03

 
背中を押してくれる酒場。

 鎌「いやあ、こんな食堂というか酒場、欲しいなあ・・・」
 倉「鎌田さんはこの話のように、酒場で出会った女性と仲良くなって
   自分の職業も知ってもらった上で、いい関係になったり、
   いい会話できたり、なんて経験ありますか?」
 鎌「三茶の立ち飲み屋の常連さんとはね。そこの女将さんはその女性も
   俺の事もよく知っていて、このマスターほどではないけど、
   見守ってくれたというのはあったね」
 倉「そうですかあ。なんかいいなあ~」
 鎌「俺も酒場が好きでかなり多くの酒場に行っていると思うけど、
   この食堂くらい気の利いた、出しゃばりもしない、でもちょこっと
   サジェッションしてくれるようなトコは・・・。
   ○○家さんくらいだったかな?」
 倉「○○家さんはそうだったんですかあ」
 鎌「うん。友達として連れてった女性を女将さんが勘違いして、
   「鎌田くん良かったね!」なんて何だか物凄い喜んでくれてね。
   そんなんじゃないんだけど・・・みたいな(笑)」
 倉「勘違いされて“お赤飯”出されても困りますよね(笑)」
 鎌「(笑) いや、でも本当に嬉しかったねそれは」
 倉「自分が愛着を持って通っているお店の方に、夢や恋愛事に対して
   いい言葉もらえたり、背中押されたりというのは幸せですね。
   恋愛事ではなく夢についてならば、僕は今でも応援してもらって
   いるお店があります。それは本当にありがたい事です」
 鎌「俺は居酒屋のフリーペーパーのライターもやってるけど、
   今は焼酎0円とか煙草吸い放題とかをやりだすチェーン店系が
   物凄く増えちゃって、特に安くもなくこぢんまりとやっている店は
   潰れていっちゃうんだよね。本当に良くない時代だなって」
 倉「う~ん・・・」
 鎌「何でも0円にすりゃいいって訳じゃなくて。その店に何をしに
   行っているかって事なんだよ。簡単に言ってしまえばコミュニ
   ケーションを欲して行くわけでね、ご主人や常連客とのね」
 倉「そうかもしれません」
 鎌「だからそういう店に出会いたくて行ってんだけど、店の方もね、
   今やそういう事を面倒くさがっているとこも多いんじゃないかな?
   だったら居酒屋なんかやるなよって思うんだけど。
   沢山飲んで沢山お金払ってくれればそれでいい、みたいな
   個人経営の店も増えたような気さえするよ。味気ない店がさ」
 倉「それは寂しい事ですよね・・」
 鎌「うん・・・居酒屋やる理由も色々あるから言えないけど。でも
   人と会うのが好きじゃないとね、やれないよ」
 
 
“ あ、11PM見てる。ひでぇオヤジだ・・・”

 鎌「最初も話したけど、俺は子供の時は居酒屋が苦手だったんだよね」
 倉「言われていましたね」
 鎌「幼稚園くらいの時に初めてオヤジ、オフクロ、弟、俺の
   家族四人で行ったんだけど、その時は“大人の世界って苦手”と
   その程度だったんだけどね」
 倉「では、その後に?」
 鎌「うん。その後まもなくオヤジが働かなくなって、オフクロが
   生活の為に水商売を始めて。それから尚更苦手になっちゃって」
 倉「そういう経験ならば、子供なら思いますよね・・」
 鎌「オフクロは酒が全然飲めなくて。でも当時女が男並みに稼ぐと
   なったら水商売くらいしかなかったから、泣く泣くね。
   だから思春期くらいまで苦手意識は続いたんだ」
 倉「はあ・・」
 鎌「だからこの話のように、お母さんが働くのを娘がしっかり見て、
   理解して、お母さんもちゃんと誇りを持って働いているのは
   いいなあって思ったよ」
 倉「できた娘でしたね。ちょっと出来すぎですけど」
 鎌「こっちは大変だったよ。オフクロが仕事行くと、オヤジと
   兄弟二人になるんだよ。そんななのにオヤジは幼稚園の子供を
   置いて、夜の散歩に行くと言って出掛けちゃうんだよね。
   その辺の居酒屋で憂さを晴らしていたのか、女作っちゃったのかは
   分かんなかったけど。だから残された俺らは泣いてオフクロの店に
   電話するんだよ。またパパいなくなった!って言ってね。
   オフクロは我慢しなさい、1時2時には帰るって言われても、
   そんな時間、永遠に思えるくらい長くて・・・」
 倉「それは・・辛いですよね・・・」
 鎌「そんな時、唯一心を慰めてくれたのが水曜の20時か21時に
   やっていたずうとるびのお笑い番組だったね。その1時間は
   笑って過ごせるんだけど、それが終わるとまた泣き出して。
   んでオヤジが23時くらいに帰ってくる。そこでオヤジはね、
   11PM見だすんだよ。こっちは寝てるフリしてるんだけど、
   泣きすぎて目が冴えちゃってて、
   “あ、11PM見てる。ひでえオヤジだ・・・”
   って、子供心にも思ったよね(笑)」
 倉「(笑)」
 鎌「子供が寝てるか確認してから見ろよ!って(笑)
   子供にとってはちょっとイタ過ぎるんでね。キツかったね」
 倉「かなりセクシーな番組でしたからね(笑)
   でも面白いですね。鎌田さんはこの回を観て、あのお母さんに
   連れられて来ていたあの幼い娘に気持ちが入っていたんですね」
 鎌「そうそう。当時は大人の男性にも警戒心があったかもしれない。
   だから同じ立場だったら、カッちゃんには懐けなかったかも」
 倉「そうなるのも普通かもしれませんね」
 
 
男と女。結論の出し方の違い。

 倉「僕はこのドラマで、頑張っている男と女性がいて知り合うと
   いうのは普通の内容なんですけど、スポーツで勝てないというのは
   絵や歌での売れない、というものとはまた全然違うんだな、
   と感じました」
 鎌「そうだねえ」
 倉「勝利の為に食いぶちを捨ててでも一心不乱に突き進みたい!
   という感覚は芸術系ではあまり無い事では?とも思いました。
   カッちゃんの置かれた状況も関係していますが。それほどに肉体を
   使う事は様々なものを捨てないと研ぎ澄ませられないのかな?
   とも垣間見たり」
 鎌「うん」
 倉「もしかして彼が勝てなかった理由は、人を好きになって、
   人間になりだしてしまったからだとも考えてしまった。
   幸せを望んじゃったから勝てなかったとすら。彼は勝って
   求婚したかったんでしょうけど、でもすでに始まっていた
   良縁の前では勝てなくて当然だったようにも」
 鎌「ま、本人だけが気づいてないだけで、周囲は彼の事をかませ犬
   だと思ってた訳だから、早く引退しての女性と娘を幸せにして
   あげる事を考えなきゃいけない」
 倉「そこのズレもありましたよね?」
 鎌「ズレ?」
 倉「アケミさんは今後の生活を心配していて、カッちゃんはこれまで
   やってきた事で勝って結論を出す事を大事にしていて。
   そのすれ違いが男と女の結論の出し方、求める結論の違いが
   男女には存在する。それは面白い点だなあと思って観ていました」
 鎌「そうだね。カッちゃんは勝つ事しか頭に無くて、アケミは
   バーボン煽りたくなるほど寂しさを抱えていて。そこを取り持って
   くれたのが食堂であり、マスターだったというね」
 倉「両方の気持ちが分かるから、なんでしょうね・・・。
   女性にも気づかせる言葉を与えられる、そんなマスターの深さが
   繋げてくれたんだと思いますね」
 鎌「試合に負けて、アケミさんと娘がカッちゃんの控え室に来る。
   そこでもう放っておいて欲しい人もいると思う。
   俺も倉田君も逆に慰めて欲しいと思うタイプだったけど。
   それは、どんな事になってもコミュニケーションを求める、
   慰めを求める心があるからなんだと思う。
   そしてカッちゃんにもそれを許容する心があった。
   彼は心のダムが深いんだと思う。自分の弱いところを散々
   見られて、ついそこで号泣もしてしまうけど、マスターが
   用意していた宴席にもカッコ付けないでちゃんと出席してね。
   それはいい男の姿なんじゃないのかなって本当に思うよ」
 倉「そうですね。負けてから彼の本当の良さであったり、アケミが
   惚れた理由が少し見えたような、そんな気がします」
 鎌「うん・・・」
 倉「どうなんでしょうね?素直な生き方の方が他者に好意をもって
   もらえたりするんですかね?」
 鎌「どうなんだろうねえ。俺ももっとツッケンドンな感じだと
   “嗚呼、素敵!”とか思われるのかもしれない。
   まあ、こんだけ太ったらもうムリだけど」
 倉「見た目は関係ないと僕は思いますよ?(笑)」
 鎌「(爆笑)」
 

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第七話へつづく・・・
 



 

2010.09.27