エプスタ編集長による、さよなら銀座テアトルシネマ『天使の分け前』

写真/文・鎌田浩宮

見てみて、
この
太い
柱。
銀座、
だよなあ。

恥ずかしい事に僕は、ケン・ローチ監督作品を1作しか観ていないんです。
しかもその1作は短編。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを受けて、11人の有名監督が各々の視点で「11分9秒1フレーム」の短編映画を製作し、それをまとめた
「セプテンバー11」というオムニバス映画(2002年)の中の1作。

ケン・ローチの作品が出色だったのは、他の監督がやや情緒的に「アメリカの悲しみ」を描いているのに比べ、彼だけは1973年9月11日のチリの軍事クーデターがアメリカ主導のものであったことを暴露していくという作品。

その内容は、選挙で選ばれた社会主義者のアジェンデ大統領が暗殺され、以降、世界貿易センタービルの被害者の10倍以上ものチリ市民が、 CIA とその顧客ピノチェット将軍とによって虐殺・弾圧されていくというもの。

ああ、アメリカって世界中から恨まれてもしょうがない国なんだよなあという事を、世界中がアメリカに同情している時に描き切った彼の視点に敬服したものだった。
だって、イラクに大量破壊兵器なんか存在しないって分かったの、この何年も後だもの。

だからこの人の映画、観なきゃと思いつつ、今回になってしまって。
しかも本作「天使の分け前」をロードショウ上映する銀座テアトルシネマは、この2013年5月31日を以って閉館になるという事で、行ってきましたど。

 

銀座
でさえ
映画館

なくなっていく。

 

これだけ大きな看板のコヤも、珍しくなったなあ。
それこそ、映画のスクリーンほどの、大きさ。

映画館がフィルム上映からデジタル上映に移行し、デジタルの設備投資をできない映画館が、どんどん閉館していきます。
僕の住んでる三軒茶屋も、同じ理由で、1館が休館になっっちゃったです。

ビルの5階にある、銀座テアトルシネマ。
入口の前の看板に、手書きで、マジックで、もう、色々書いちゃってます。

壁が、寄せ書きコーナーになってます。
壁に、直に、書くんです。

ね、寄せ書きコーナー、って書いてあるでしょ。

それにしても、27年間かあ。
僕より、ずっと若いじゃないかあ。
そんなに早く、映画館が畳まれる時代。
やなこったなあ。

僕も、何度か足を運んだコヤ。
この前も、銀座シネパトスがなくなっちゃう話、ここに書いたでしょ。
東京の真ん中でも、映画館、減っていく。

ポスターに、学芸会のような、手作りの紙の花、つけて。
その花に挟まれて「最終上映作品」と書いてあります。

あらすじまで、直に壁にマジックで書いちゃって。

いよいよ 感動の フィナーレへ!!
27年間の歴史に幕を閉じる
当館の最後の上映作品です。
笑って笑ってちょっと泣けるラストシーンは
劇場からお客様への感謝の贈り物です。どうぞ受け取って下さい。

とあります。
もち、両端に、紙の花、添えて。

お客さんは、平日の昼にもかかわらず、8~9割の入り。
毎週水曜の1000円均一デイという事もあるだろうけれど、上々だと思う。

この映画「天使の分け前」も、今では珍しい、フィルムでの上映でした。
ピントが微妙にボケていたり、日本語字幕の文字にちょっとだけ濃淡の差があったり、フィルムならではの味があって、懐かしいなあ。

僕がここ数年、客観的にデジタル上映を観続けて、時々腹が立つのが、テレシネのように画質が粗くなる映画、多いんです。
当然それは監督の意図しないところであって。
でも、そこまで考えて制作しないと、いけなくなって。

ケン・ローチからも、こんなコメントが。
惜しまれてるんだ。

ちなみに、これは壁に直に書かれたものじゃあありません。
ポスターに書かれた、ケン・ローチのサインです。

あらすじ

スコッチウイスキーの故郷スコットランド。育った環境のせいでケンカ沙汰の絶えない若者ロビー(ポール・ブラニガン)は、恋人レオニー(シヴォーン・ライリー)と生まれてくる赤ん坊のために人生を立て直したいが、まともな職も家もない。
またもトラブルを起こし、刑務所送りの代わりに社会奉仕活動を命じられたロビーは、現場の指導者でありウイスキー愛好家であるハリー(ジョン・ヘンショー)と、3人の仲間たち(ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ)と出会う。ハリーにウイスキーの奥深さを教わったロビーは、これまで眠っていた“テイスティング”の才能に目覚め始める。ハリーのおかげで初めて自分に自信を持ち始めたロビーだが、レオニーと息子との平穏で安定した生活を手に入れるためには、大きなチャンスが必要だ。ある日、オークションに100万ポンド*もする樽入りの超高級ウイスキーが出品されることを耳にしたロビーは、人生の大逆転を賭け、仲間たちと一世一代の大勝負に出る!(公式サイトより抜粋)

100万ポンド=約1億4,000万円(1/7時点)

 

脱サッチャリズム
の、
コメディー。

 

映画の冒頭から圧倒されるのは、現在のイギリスの状況。
100万人の若者が失業状態にある。
定職に就けない状況が、今の僕とダブって心がつらい。

それに加えて在るのが、暴力の連鎖。
常に街の喧嘩に巻き込まれ、逃げても逃げても逃れられない。

息子が生まれ、暴力から足を洗おうと踏ん張っても、追いかけてくる。
ついには妻の父から妻と子と別れこの街から出て行けと、手切れ金を渡されそうになる始末。
これが、イギリスの下町の現状のようだ。
日本に、似た街は、あるだろうか。

先日亡くなったサッチャーの頃から、普通に働き、尊厳ある最低限の暮らしをすることすら難しい経済システムになってしまった、とケン・ローチは考える。
日本で言えば、小泉純一郎の頃がそうかな。

だから彼は、サッチャーの死に際して、こうコメントした。

「彼女の葬儀を民営化しましょう。競争入札にかけて、最安値を提示した業者に落札させるのです。きっと彼女も、それを望んでいたことでしょう。 」

だけど救われるのは、この映画がコメディーだという事。
山田洋次に通ずるものがある。

社会奉仕活動の現場指導をするハリー(ジョン・ヘンショー)がいい。
日本だったら、西田敏行あたりが演じそうな善人。
いや、西田よりも、抑えた演技で、いいです。
皆前科者なのに、内緒だぞと言ってウイスキーの蒸留所へ連れて行く。
前科者たちに、試飲もさせる。
ウイスキーの本場なのに、実際に愛飲するのは富裕層だそうで、下町の前科者たちは、初めてウイスキーをたしなむ。

後半で、日本でいうと山田組常連の神戸浩のような役の主人公の仲間が、えらいドジを踏むシーンがある。
僕の後ろの席のお客さんが
「あっ!」
と思わず大きな声を上げた。
皆が主人公たちの企てに感情移入している、映画館ならではの素敵な情景。

この映画が面白いのは、主人公が善良な事を行なってハッピーエンドを迎えるんじゃなくって、小悪党な事を企てハッピーエンドを迎える事。
それこそが「天使の分け前」だという事。
僕もちょっとはずるく生きていいんだな、と思える。
善行だけでは、この世界は乗り越えられない時もある。
ちょっと悪だくみをしてスカッとする映画、「スティング」とか、昔はあったね。
「ブルース・ブラザーズ」も、悪い事を沢山しでかして、教会を救う話だった。

そして、だまされるのがアメリカ人というのも、気が利いている。
ケン・ローチも、そこが1番のお気に入りだそうだ。

イギリスの若者の多くが今や、一生仕事無しと宣告され、お前の人生は無意味だ、お前は数に入らない、お前は我々にとっては重要ではない、という終身刑のようなものを宣告される。
ケン・ローチは、こうした若者達の生命力の一部を捉えた。
彼らの機知、彼らの楽しみ、彼らのフラストレーション、彼らの弱さを。
これは、日本の若者、いや、僕らの世代にまで共通するものだと思う。

もぎりの美しいお嬢さんに訊いたら、
このビルごと、売られちゃうんだって。
親切に、丁寧に答えてくれた。
だから、壁に直にマジック、だったんだ。

「長い間、どうもお疲れ様でした」
その女性に僕は言った。

ビル、寂しそうじゃない?
ねえ?
ビルの上を天使が、
涙拭いて飛んでいるよ。


2013.05.24